最近、クラシック音楽界を揺るがす象徴的な出来事があった。世界的なピアニスト、ユジャ・ワンに対してある米男性評論家が、メールの返信がないと公の場で非難。
それに対して、ユジャも彼からのメールを公開し、これは女性差別的なイジメであると応酬。これを受けて、BBC Radio3は彼を解雇したり、高名な米女性評論家も参戦しユジャの側に立つなど、単なるSNS炎上ではなく、クラシック界が抱える古い価値観や権力構造への議論に発展した。女性やアジア人であるという事に対する差別めいたものは、ここ20年ほどで随分改善されて来た様に感じていたが、彼女のようなスターにでもまだ起こるという失望や驚きの他に、胸に去来するある種の感情が甦って来た。かつてヨーロッパの歌劇場で歌っていた際に出遭った暴力的な偏見に対してのものである。イタリアでドニゼッティの傑作《ランメルモールのルチア》のタイトルロールを任された時のこと。あるリハーサル中、チュニジア系演出家が私の足元を見て、ニヤニヤしながら言い放った。「その醜い靴は、どうせアメリカで買ったのだろう? あそこには文化がないからな」。さらに言葉の刃は止まらない。「なぜオペラを学ぶのにアメリカなんて行ったんだ?だから、君にはイタリア文化の真髄が理解できてないんだ。美術館へ行ってラファエロやカラヴァッジョでも拝んでこい」。私から言わせれば、そういう彼こそイタリア文化のみならず、知性のかけらもない演出家で、私とダブルキャストだった大ソプラノや、彼の蔑むアメリカの男性歌手には一切ものが言えない憶病者だった。又ある公演では、「そんな事も出来ないなら、田んぼの国へ帰れ」という言葉が浴びせられた事もある。それを言ったのは高名なイタリア人演出家だったが、側にいた大勢のイタリア人やドイツ人のキャスト達が思わず顔をしかめ、慰めてくれた。若くてイタリア語がまだ不自由だった事もあり、悔しさと屈辱に、毎日楽屋で号泣する日々が続いた。が、いつも沈黙を守り続けたわけでもなかった。ルチアの解釈を巡り「君にはイタリアの心がない」と断じられた際には、「マエストロ、この物語の舞台はスコットランドです」。また、歌唱のスタイルを頭ごなしに否定された時は、静かに、しかし毅然と楽譜を開いて見せた。「ドニゼッティは、ここにピアニッシモと記しています」。その瞬間、空気が変わった。作曲家が残した楽譜というバイブルは、いかなる権威的な演出家の主観よりも強い説得力を持つ。私が楽譜を克明に読み込み、音楽に対して誠実である事を理解していた指揮者も、私の側に立ってくれた。そんな事もあって、次第に彼は、私に対して敬意を持って接するようになった。伝統という盾の裏側に隠れた偏見を打ち破ったのは、他ならぬ音楽そのものの力だった。クラシック音楽は、長い歳月をかけて磨き上げられた至高の芸術である。だが、その伝統の陰には、自分達こそ文化の正統な所有者だという排他的な優越感、歪んだ権力構造、が今だに横たわっている。特にヨーロッパにおいて、オペラは自国文化であり、アジアから来た異邦人は、常に厳しい審判の目に晒される。
ユジャ・ワンを巡る議論がこれほどまでの熱を帯びたのは、音楽界がようやく、その内側に潜む無意識の偏見や旧態然とした価値観を直視し始めたからだろうか。芸術とは本来、人を規定の枠組みから解き放ち、世界を拡げる為のものである筈だ。多様な背景を持つ才能が、出自や性別というフィルターを通されることなく、一人の音楽家として等しく尊重される場所へ。私の経験したあの日の涙が、次世代のアーティストたちの糧となり、より開かれた音楽界の未来へと繋がることを切に願っている。
田村麻子=NYタイムズ紙に「輝くソプラノ」と絶賛されリンカーンセンターデビュー。欧米歌劇場で『椿姫』『ルチア』『蝶々夫人』他、数々の主役に抜擢。W杯前夜祭3大テナー公演で故パヴァロッティらと共演。MET管、BBC交響楽団などと共演。MLB公式戦にて外国人初の米国国歌斉唱の栄誉を担う。ディステファノ国際コンクール(伊)1位。米マネス音楽院首席修了。世界を舞台に活躍する国際的プリマドンナ。

