続映画のロケ地めぐり マーティン・スコセッシとテイラー・スウィフト

ジャズピアニスト浅井岳史のパリ18 旅日記(2)

 パリ初日、ランチを取って午後に突入。午後は2つ目のロケ地に向かわなければいけない。映画「One Day」の緑の水が美しい運河を最後まで歩こうと思っていたのだが、水が地下に潜ってしまうので再び表に出てくるバスティーユまで地下鉄に乗ることにした。
 フランスの革命記念日は、「バスティーユ・デー」と呼ばれる。1789年7月14日に、パリの民衆が当時政治犯を収容していると目されたこの監獄を襲撃した。記録によると当時ここに収容されていたのはコソ泥ばっかりたったという。だが、絶対王政の権現であるこの監獄が民衆に襲われたことはその後の革命に拍車をかけることになる。
「これは反乱か?」報告を受けたヴェルサイユ宮殿のルイ16世が尋ねると、知らせを運んだ側近は、「いえ、革命です」と答えたという。その夜のルイ16世の日記には、「de rien (何も無し)」と記されている。これは有名な話だが、彼はブルボン王家の中では非常に稀な存在で、女性遊びゼロ、政治能力ゼロ、趣味は狩猟と錠前づくりといういたって凡庸な男であった。日記の「de rien」は狩猟の獲物のことだったと歴史家は解説する。ちなみに、ルイ16世と一緒に錠前づくりをしていた職人の名は、LaGammaという、私のニューヨークのピアノの調律師と同じ名前なのだ。
 さて、映画のロケ地巡りその2は、サンジェルマンデプレ市の裏道にある小さな広場である。地下鉄に乗ってサンジェルマンデプレ市まで行けば20分、サンルイ島、シテ島、ノートルダム寺院を歩けば30分。それは明白だ。パリの美の中心を観ずにはいられない。バスティーユから運河を最後まで下ると、いきなりセーヌ川に出た。この景色は何度も見ているが、いつ見ても壮観だ。昔サンルイ島でコンサートをしたことがあり、その打ち上げでここに来て以来、私はこのサンルイ島のメインストリートからシテ島への橋、ポンサンルイの辺りが大好きだ。この日も晴天のもと、お洒落度高過ぎの店が並んでいて、写真家魂を興奮させてくれた。
 600年かけて建造されたというノートルダム大聖堂の前を抜け、クレープに気を取られながらも、さらに歩いてサンジェルマンへ。この辺りには映画「The Hunchback of Notre-Dame(ノートルダムの鐘)」にちなんで「Quasimodo」というカフェが多い。何故か日本でサラリーマンをしていた時の上役、梶本さんを思い出す。今回はパスしたが、近くに革命時に牢獄となり、マリー・アントワネットもルイ16世も入れられたコンシェルジュリがある。
 セーヌ川から離れ、住宅街を歩くこと10分、目的地のrue de Furstenbergに着く。1993年のマーティン・スコセッシの映画「The Age of Innocence(汚れなき情事)」の感動的なラストシーンはここで撮影された。ダニー・デイ・ルイス演じる主人公の男性、ニューランド・アーチャーは、ウィノナ・ライダー演じる若くて綺麗で従順な婚約者がいたが、結婚を目前に従兄でもあるミッシェル・ファイファー演じる年上の女性マダム・オレンスカと出会い、恋に落ちる。何度も駆け落ちを考えながらも二人はそれぞれの燃え上がる気持ちを抑えて、それぞれの社会的立場を守って離れ離れになる。そしてラストシーン、晩年のニューランドがオレンスカの住むパリのアパートを訪れることになる。だが、ニューランドは彼女に会う決心がつかず、アパートの前でじっと座って回想をして静かに立ち去って行くのである。セリフが全く無いデイ・ルイスの演技は圧巻で、私は込み上げてくる感情を抑えることができなかった。その、彼女が一人で住んでいたパリのアパートが、広場というにはあまりのも小さいこの広場なのだ。窓の格子の色が変わった以外、この景色はそのままで、映画のラストシーンが目の前に広がる。
 私は何故かこの映画に強烈に魅かれる。以前、マサチューセッツのタングルウッドに遊びに行った時に、それとは知らずにアメリカの女性作家、イーディス・ウォートンの家を訪ねた。そう、この映画の原作家であったのだ。
 この場所を感動的なラストシーンに選んだスコセッシに脱帽である。しかし私以外誰もいない。おかしいなぁ、あの映画のファンが大挙して押しかけていてもいいのに(笑)。と言いつつ、この広場は一部の通には有名なのか、最近ではテイラー・スウィフトの「Begin Again」のMVで使われた。彼女が自転車に乗るシーンである。
 さて、本日の目的を見事達成したので、ご褒美にカフェに入ってペリエとエスプレッソを頼むことにした。ちなみに、このサンジェルマンデプレ市、「パリ左岸」と呼ばれ、戦前にはにサルトル、ボーボワール、ヘミングウェイ、ピカソ、ユトリロなどの芸術家や哲学者がたむろして芸術文化論を語り合った場所で、ウディ・アレンの映画「Midnight in Paris(ミッドナイト・イン・パリ)」でふんだんに出てくる。近くにはソルボンヌ大学があり、その昔から学者や哲学者のたまり場であったのであろう。
 旅の疲れが出てきたのか、急に眠たくなったので、夜はホテルに戻ってゆっくりする。充実した1日であった。(続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com