ポストコロナで世界が一変した今

本当にやりたいことを続ける

大江 千里 FROM BROOKLYN

 新年あけましておめでとうございます。

 歳を重ねると年々一年が短くなっているように感じます。コロナがこれほど僕たちに根底から覆すようなダメージを与えるなんて一体誰が2年半前に想像したでしょう。僕は現在62歳ですが、2020年初頭まではアメリカと日本のジャズの世界をひたすら切り開き、駆けていました。しかしコロナで状況は一変します。フェス、ラジオ局、ベニューの担当者などが次々に職を離れ、連絡が取れなくなっていったのです。つながりを半年以上断つともうふりだしに戻ったも同然です。今も一緒に仕事するマネージャーは再びゼロからのスタートを誓い、共に行動を起こし始めます。でも現実は厳しいものがあります。ポストコロナでは新規参入が以前のように寛容に受け入れられなくなってきたからです。馴染みの近所の酒屋も従業員を全員解雇して店主一人で頑張ってます。僕の知り合いのジャズミュージシャンはNYを離れて新たな仕事に挑戦する人も多いです。これを前向きに捉えると、フレキシブルな時代に突入したとも言えるのかもしれません。

 人生100年時代と言われ、終わりよければすべてよしじゃないけれど、今まで働いてきた時間をはるかに上回る時間をこの先どう生きるか?どう心に豊かさややりがいを感じて1日を生きるのか?が、自ずと試される時代になってます。コロナでそれに更に拍車がグンとかかったように見えます。僕はジャズの5枚目のアルバム「BOYS & GIRLS」6枚目「Hmmm」をリリースした頃から、アメリカ各地でやっとなんとかライブが形になるようになり、ラジオ局で曲がそこそこオンエアされるようになりました。コロナの最中は仕事が消滅したので、家で新しい曲を作ったりそれに映像をつけたりしてユーチューブに載せて活動を継続しました。ステイホームの不便な生活を逆に武器に変えて、宅録で「一人ジャズ」と称したアルバム「Letter to N.Y.」を作りました。人と人との呼吸で成立するジャズを全て一人で手弾きで作ったのです。これは旧ジャズの世界では苦しい評価でしたが、新規マーケットを開拓しました。もともと世の中にある「当たり前」はコロナで自分の中で完全に崩壊し、規範は自分で活躍できるパイとして、新たに作り出すしかないと思い、新しい視点でどう生きるかを一歩一歩実践するようになりました。これまでのように曲を作って演奏をして印税をもらってという生活は一部になり、文章を書いたり映像を編集したりなどをゆっくりですが始めました。たまたま2014年からやっている「note」というブログをクリエイティブな遊び場に見立てて、ノンジャンルで作品を発表するようになりました。ここでは新しいことを気軽にスタートさせ、ダメなら辞める。よければ継続する、を続けてます。このフットワークが良かった。シビアですが読む人からの反応はわかりやすく手応えがあります。昨年末にはそこで書き貯めた200を超える「一人メシ」の記録から厳選して「冷蔵庫のドアを開けてないものを嘆くより、あるもので喜びながら無心で作るめし」をコピーに、初のレシピ本「ブルックリンでソロめし!」をカドカワから上梓しました。粉(小麦粉)を一切使わないお好み焼き「粉ないもん」とか納豆をカルボナーラに見立てた「ナットボナーラ」とか。現在人生のスパンは男性が84歳、女性は90歳近くまでと言われています。これは何を意味するのか? 人生が一つの仕事を極めるだけではなく、新たな人生をどんどん興すことが当たり前で可能な時代になったということじゃないでしょうか。ジャズレーベルを興しグリーンカードへエントリーし、この先の人生をNYでお金や名声だけじゃない「本当に自分がやりたいこと」をやるために四苦八苦しています。そのためには痛みはつきものですが、なんとか15年のNY生活で先輩ニューヨーカー達の背中を見て、パニクったりせずに一歩一歩落ち着いて毎日を送れるようになってきました。本当に亀のようなノロさです。NYという街には多様な仕事や趣味を極めようとしている面白い人たちがいっぱいいます。ホテルで週に4日働き音楽の仕事をやるとか、ギタリスト兼タクシードライバーを使い分けるとか、投資をしながら服屋を経営するとか…。年齢も関係なく、人種も混じってて、出会いがたくさんあります。

 新しい年、ポップのシンガーソングライターで「WAKUWAKU」というアルバムでデビューして40周年を迎えます。ポップの時代とNYでジャズの時代を生きながら、新しい挑戦のアルバムを夏前に出します。そのため今は家で、ポップの曲をジャズに置き換えるべく編曲したり、「Senri Song Book」と呼べるような新たな曲達を書いてます。どんどんシンプルにストレートで深く楽しくなる音楽を軸に、その中で広がる新たな多様性に挑戦し続けたいです。NYへ一緒に渡った愛犬ぴーすはニュースクール大学時代から僕を励まし一緒に乗り越えてきてます。そんな彼女も今年は16歳。目が不自由になりその分逆に行動範囲が広がった彼女を見ていると、僕も固定概念に縛られて生きてられない、なんでも陽転させてポジティブに行くぞと思えます。こういう時代だからこそ、当たり前を捨て、どこにもない価値観のラブ&ピースを実践して生き残りたいです。みなさんにとって、新しい年がワクワク、素晴らしいものになりますように。

2023年元旦、

ジャズピアニスト 大江千里