白と黒で描かれる世界

砥上 裕將・著
講談社・刊

 著者は1984年、福岡県生まれの水墨画家。本作で第59回メフィスト賞を受賞し作家デビューした。また、2020年本屋大賞にノミネートされたほか、ブランチBOOK大賞2019を受賞している。日本版アマゾンの東洋・日本画カテゴリにおいてベストセラー1位となっている(2020年1月末時点)。温厚な性格で、お年寄りの趣味と思われがちな水墨画の魅力を、小説を通して広い世代に伝えたいという志をもって本作を書き上げた。
 メフィスト賞は講談社が主催する文学新人賞で、京極夏彦、森博嗣、乾くるみといった破天荒な作家たちを輩出している。受賞作品もなかなかクセのあるものが多く、本作もそうなのかと思いきや、水墨画を題材とした王道の青春芸術小説である。水墨を描くことを通して自身を見つめ直す主人公の姿とそれを見守る周囲の人たちの心遣いに胸を打たれる作品だ。
 また現在、漫画版が週刊少年マガジンで連載されており、コミックス第3巻が今年1月17日に発売された。漫画は「この剣が月を斬る」の堀内厚徳氏が、漫画内の水墨画は本書の著者、砥上裕將が描いており、人気を博している。
 さて、本作の主人公は2年前に両親を交通事故で失い、喪失感のなかにある青山霜介という大学生である。友人に頼まれて行ったアルバイト先の展覧会場で、そうとは知らず水墨画の巨匠・篠田湖山と出会い、話をするうちになぜか気に入られて、その場で内弟子にされてしまう。はじめての水墨画に戸惑いながらも、大学の友人たちやライバル、先輩水墨画家に支えられつつ、次第に水墨画に魅了されていく主人公の心の移ろいが美しく描かれている。
 本作の面白いところはなんと言っても水墨画を題材としているところだ。目で見て感じとって味わう芸術を言葉だけでどう読者に伝えるのか、著者の手腕が試されると思うが読むだけで絵が容易に想像できる文章に感嘆する。
 また、主人公と師匠のやりとりも心に響くものがある。例えば、主人公・青山が初めて師匠・湖山から水墨画の講義を受けた際、湖山のお手本を真似しようとして何度も失敗する。そのうちに、青山は、どうせ失敗するのだからと気楽な気持ちになって絵筆を握り、新しい紙に次々に向かっていることに気付く。そこで湖山から「真っ白い紙を好きなだけ汚していいんだよ。どんなに失敗してもいい。失敗することだって当たり前のように許されたら、おもしろいだろ?」と言われるのだ。
 とりわけ社会人になると失敗することはあんまり喜ばしいことではなく、悪くすれば他者から疎まれ蔑まれることにもなりかねない。だから大人になるほど慎重になり、楽しむことを忘れてしまう。本作を読んでいるとそういった失敗することの楽しさを思い出したり、新しいことに挑戦してみたくなったりしてくるはずだ。(西口あや)