飼い主との絆を猫目線で描く

有川 浩・著
講談社文庫・刊

 我が輩は猫である。名前はまだ無い。とおっしゃったえらい猫がこの国にはいるそうだ。その猫がどれほどえらかったのか知らないが、僕は名前があるという一点においてのみ、そのえらい猫に勝っている。
 そんな書き出しで始まる本書。猫目線で描かれるストーリーはまるで現代版『吾輩は猫である』のようだ。著者の有川氏はこの作品を「一生に一本しか書けない物語」と述べている。友情や家族愛、動物との絆が描かれた同小説はベストセラーとなり児童書や絵本、舞台、ラジオドラマ、そして昨年は映画化もされた。
 しっぽが途中で折れ曲がった「カギしっぽ」を持つ猫は日本猫の雑種に多く、そのしっぽに幸運をひっかけて来るという言い伝えとともに愛されている。その幸運を招くしっぽを持つオスの野良猫が主人公のサトルと出会ったのは、とあるマンションの駐車場に駐めてある銀色のワゴン車のボンネットで寝ていたときだった。サトルは「人間にしては猫の気持ちをよく察する青年」で、気位の高いその野良猫もサトルにだけは少し気を許していた。だからある夜、車と接触して足を折ってしまったとき、猫はひどく痛む足を引きずってサトルのマンションまで行き助けを求めた。「えらかったな、俺を思い出して」サトルはそう言って猫を動物病院へ連れていき、そのままふたりは暮らし始めた。カギしっぽの形が数字の7に似ているから名前はナナになった。
 それから5年。ある事情からサトルとナナは銀色のワゴン車で「最後の旅」に出る。ひとりと一匹が日本中を旅しながら、懐かしい人々や美しい風景に出会ううちに明かされるサトルの過去や旅の秘密。ふたりはなぜ旅に出たのか、旅をしなくてはいけなかったのか、その理由が分かる後半からはもう涙と鼻水との戦いだ。読みながら鼻をすすっていたら、我が家の飼い猫が寄ってきて私をじっと見つめたあと手をひとなめ、そして日向ぼっこの続きをするため去っていった。ハッピーエンドではないが後味が悪くなく、何度読み返してもその都度泣ける、ペットがいる人ならなおさら共感できるストーリー。
 ペットに噛まれて病気になったり、襲われたりするニュースも時にはあるが、虐待されたり、過剰に繁殖して飼い主が管理できなくなる「多頭飼育崩壊」が起きたり、いつもペットは人間の都合で翻弄される。人間を裏切らない、けなげで小さな命だから死ぬまで責任を持って大切に育てなければという思いと、ペットと一緒にいられる幸せを噛みしめた。また、読みやすく美しい文章のため、まるで映画を見ているように情景が見え、サトルが何度も優しく話しかける「ねえ、ナナ」という声が聞こえてくる。
 純粋でまっすぐな生き方をしてきた青年と野良生活を越えてちょっとひねくれた猫が交わす会話も楽しい。サトルと一緒に日本中のたくさんの美しい景色を見た、カギしっぽナナの旅リポート。(高田由起子)