戦後のララ物資支援を解説
ニューヨークの日系人に関する歴史記録映画の上映会が5日午後、ミッドタウンのニューヨーク日系人会(JAA)で開催され、約50人が先人の活動について学びを深めた。
(写真上)戦後日本に送られたララ物資について解説する西田教授



第1部は「NY日系人会の礎を築いた人物:輝ける星 高見豊彦医師の軌跡」。高見博士(1875—1945・写真円内)が15歳で渡米を決意して家出同然で熊本を出て渡米するなど苦労を重ねた青年時代から、日本人墓地の購入に尽力するなど日系人コミュニティに多大な貢献をした足跡を辿る内容で、英語の自叙伝を軸として制作された。第2部は「LARA物資に託した想い:NY日本人による祖国救済の記録と記憶」。戦後すぐに米国の民間団体が中心となった支援(Licensed Agency for Relief in Asia=ララ)の物資に、ニューヨーク日系人コミュニティーがいち早く、かつ多大な貢献をしたことが紹介された。ララ物資について研究を重ねる立教大学・西田恵子教授がこの上映会にあわせて渡米、日本での配布状況について「極めて公平かつ全国に平等に配布された」と補足説明をした。2作の制作を統括したニューヨーク在住の映像プロデューサー・青松伴晃さんは、「多くの人に日系人の歴史を知ってもらいたいという思いが強い」と話し、青松さんの意志に賛同したJAAが制作資金や資料提供に全面協力して完成した。特に「ララ」の映画は、西田教授が監修者として協力した。

会場には、高見博士の子孫や通っていた協会の牧師なども姿を現し、上映後は和やかに歓談していた。
JAAは1907年に高見博士が「日本人墓地の購入と日本人の相互扶助」を呼びかけ設立した「日本人共済会」が基盤となっている。ブロンクスにある日本人墓地への墓参会は毎年メモリアルデーに行われ、その前日には墓掃除のボランティア活動も続けられている。映画や墓参会への参加など問い合わせは、電話212・840・6942(JAA)まで。
(小味かおる、会場写真も)
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JAAのYouTubeチャンネルに当日のビデオが公開されている。

