八神純子が旅するルート66    「今を大事に」の言葉に涙

 ルート66には「生きる伝説」「マザーロードの父」と言われる人がいる、と聞いて、会いに行かないわけにはいかない。その人、エンジェル・デルカディロさんは、人口わずか500人のアリゾナ州セリグマンに住み、国道40号の開通とともに、地方の「ただの道」になってしまったルート66を「ヒストリック・ルート66」として復活させた立役者だ、という。

 エンジェルさんは98歳。体調や忙しいこともあり、約束があっても会えるかどうかは、その時になってみないと分からないらしい。セリグマンに着くと、まだ朝早いのにエンジェルさんが家族とやっている土産物店は既に観光客で賑わっていた。「会えるのかなあ」と思っていると、娘のクラリッサさんが出迎えてくれた。

 「父はもうすぐ来ます」エンジェルさんがゆっくりと近づいてくるのが見えた。想像したよりずっと若々しい。がっしり握手をしたあと、土産物店の奥に併設し、エンジェルさん自身も立っていた、かつての理髪店の部屋に案内してくれた。年季の入った理容椅子に座ると、ゆっくりと語り出した。まずは父親の話。人種隔離政策が続いていた1920年代に全ての人種や民族に扉を開いた理髪店を作ったそうだ。それだけでも当時、どれだけ大変だったかは想像に難くない。

 そして「ヒストリック・ルート66」にする話に移る。1978年に国道40号線が開通、一夜にしてルート66沿線の町のモーテルやダイナーに人が来なくなり経済はどん底に落ち込んだ。「このままではルート66は本当に地図から消えてしまう」と思ったエンジェルさんは、ルート66沿いの街々の代表者15人とアリゾナ州運輸局に掛け合った。「初めは届かなかったが、でも我々は諦めなかった」。言葉に力が宿り、拳を握りしめた。10年近いそうした努力が実り、ルート66は1987年に「ヒストリック・ルート66」として地図に残ることになった、という。

 エンジェルさんに「人生の鍵は何か?」と聞いてみた。力強く、でも優しい声でエンジェルさんはこう言った。「今を生きること。昨日は終わったのだから昨日に生きることは出来ない。明日はまだだから無理。今、この瞬間を生きて、人を幸せにすることだよ」。

 「今を大事にして、私の歌で少しでも多くの人を幸せにすることができたら」という心を信じて歌ってきた私は、自分の生き方を認めてもらったようで、自然に涙があふれ出て、止まらなくなった。 

 エンジェルさんはにこっと笑い「鳥小屋を作らなくてはいけないから、そろそろ帰るね」と立ち上がった。鳥小屋を売って恵まれない子供達を支援していると聞いた。もう一度握手をして、ハグをして、エンジェルさんが店の奥に消えるのを見送った。強さの裏にある真の優しさを見た気がした。エンジェルさんは、私のルート66の旅を、また素晴らしい旅にしてくれた。

(やがみ・じゅんこ、シンガーソングライター、ロサンゼルス在住)