FCI キャスターを離れる
フジ・サンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナル(FCI)が、3月31日をもって44年間全米で放送してきた日本語テレビ放送事業を終了するのに伴い、ニューヨーク側で28年間キャスターを務めてきた久下香織子さんも、その看板を下ろす。4月から同社を離れ、フリーになるが、しばらくは28年間ニュースを追い続けていたためにまったくできなかったプライベートな旅行や、仕事とは関係のない本を読んだりして「素の自分に戻る時間」を確保して、一旦自分の生活をリセットするという。次に何をやるかはまだ決めていないという。
久下さんは、日本でサイマルインターナショナル勤務を経てNHKのテレビドラマ「中学生日記」の英語教師役で女優デビューしたあと、NHKとフジテレビでニュースキャスターを経て1998年、結婚を機にニューヨークに移住した。来米翌日からFCIの当地の日本語放送を担当し、米国で生活する日本人に米国のニュースをわかりやすく伝え続けた28年だった。
そんな久下さんにもジャーナリストを続けられるか迷ったことが1度だけあった。同時多発テロの当日、早朝7時から8時の番組を終えてベーグルとコーヒーを買ってオフィスに戻ってくると世界貿易センタービルが黒煙を上げている映像がテレビから飛び込んできた。社員はまだ出社しておらず、すぐ東京本社に電話した。「何か大変なことが起こってます!」。最初は事故だと思った。現場で遺族にマイクを向けると「あんたたちには心があるのか」と罵倒されたことが何度かあった。ピリピリした中で、遺族、コミュニティの嫌がることをしてでもこの仕事を続けたいのか、自分に向いているのか、NYに来て初めて心が折れそうになった。
そして事実を伝えるという同時多発テロ取材の教訓は、コロナ禍で突然、ニューヨークがシャットダウンされ放送継続が危ぶまれた時に活かされた。日本語放送の責務とはまさにこのような有事に情報を出し続けることだとスタッフ一同一丸となって放送を続ける方法を模索したという。最終的に久下さんを含めディレクターや編集などは自宅から、そして番組送出を含む最小限のスタッフがリスクを負いながらも出社するという形で実現した。
「それぞれ慣れない作業でしたがプロのチームが協力し合いながら毎日、各地のコロナ情報を出し続けました。私も家のリビングルームで携帯電話をカメラにしてスタジオ部分を1人で収録しました。FCI日本語放送チームがプロとしての意地を見せた場面でした。放送を見て毎日の不安が和らいだと多くの視聴者からのメッセージが届いたことが続ける力になりました。このように日本語放送は多くのスタッフの力で44年間続けてくることができました。終わってしまうことは寂しいですが誇りに思える多くの仕事ができたことを幸せに感じています」と語る。戦時日系強制収容所、ノーマン・ミネタ運輸長官、ダニエル・イノウエ上院議員の日系人にまつわる3本のドキュメンタリー制作にも携わった。「彼らの土台に乗って私たちがいて、またその土台を私たちが作っていままた若い人たちが頑張っている。日本人って素晴らしいですよね」と目を細めた。横浜市出身。家庭では一児の母。(三浦良一記者、写真も)

