その5:素晴らしい絵画と素晴らしい音楽

ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記

 今朝は、昨夜の7時間の運転のおかげで眠い朝となった。だが、それ幸いにと午前中は仕事をした。このフランスの滞在が終わるとNYには3日間帰るだけで、エジプトのツアーに出る。その3日間のうち2日は演奏が入っている。演奏家は演奏だけしているわけにはいかない。エジプトツアーのマーケティング活動を、窓を開いた心地よい風が吹き抜けるテーブルに座ってネット越しに行った。なんと言う時代だ。
 で、昼は目の前にあるスーパーにランチの素材を買いに行く。いやー、これはすごい。果物も野菜もタップリ太陽の光を浴びて育っている。さらにたくさんの瓶詰めのパテ、チーズ、見るからに美味しそうなロゼワインが並ぶ。ただし肉類はアメリカに比べて非常に高い。ハム2切れが4ユーロ、買うのに躊躇してしまう。そういえば、フランス語の教科書の例文に「ハムを3切れください」とあった。アメリカ英語の教科書ではあり得ないだろう。
 ランチの後、外出。この小さな町はもうほとんど見てしまっているが、唯一見ていないMuseeに出かけることにした。今日は太陽がすこぶる熱い。すぐに到着したがシエスタ中で、3時に再開するとのこと。先に地図で見て気になっていたLe Templeに向かった。タンプル教団の古い建物なのかと期待したが、職業安定所になっていた。で、また中世の石の街を写真を撮りながらMuseeに戻る。ここにHistoire(歴史)の展示があると書いてあるので入ってみたが何やらピカソの弟子かと思うアーティストの展示であった。それならやめようと思ったのだが入場は無料で、優しいおばさんが「アントレ」と招いてくれたので入ってみた。マリア様がお年を召されたような慈愛に溢れるその女性が、Michel Timoleonthosと言うそのアーティストについて説明してくれた。英語はほとんで出てこないので、フランス語を最大級に絞り出して話したが、どう言うわけか会話が楽しくて仕方がない。修道院で育てられたこのアーティストが最初に書いた絵が、なんとマグダラのマリア、昨日訪れたレンヌ・ル・シャトーのテーマであった。やはりマグダラのマリアは南フランスにどこでも登場する。聖(サクレ)ではマリア、俗(プロファン)では裸婦、「結局女性ばかり描いとるやん!」と突っ込んでしまう(笑)。
 そのおばさん、そして同僚のこれも優しいおじさんとたくさん話をしてすっかり楽しい気分になって、栞10枚と大きなポスターまで買ってしまった。これはNYのスタジオに貼ろうと思う。自分がジャズピアニストであると伝えるとたいそうびっくりして、ここでも夏はコンサートをやっていて最後の夜はジャズだとパンフレットを見せてくれた。こうして知らない土地の人とその土地の言語を使って交流する、これに勝る旅行の醍醐味は無い。心がほっこりとしてきた。そして、このアーティストが大好きになった。おばさんから、この人の作品が隣の教会に飾ってあると言われ、早速出かけることにした。お別れが惜しかった。
 隣の11世紀からある大聖堂は、随分とカビ臭いが、堂内は荘厳でそこには、先ほど知った画家、Michel Timoleonthosの絵が当意即妙に飾ってある。
 いきなり素敵な歌声が聞こえてきた。見上げると壇上に美しいクワイアがいる。教会では残響時間が長いために歌声に深いリバーブがかかる。さらに反対側から別のクワイアが聞こえ、さらに別のとこから、となんと素晴らしいポリフォニーの宗教曲を生でたっぷり聴かせてもらった。どうやら、ドイツから若いプロの聖歌隊が来ているようで、今夜ここでコンサートがあるようだ。そして今はそのリハのようだ。現地のスタッフとは英語で話し、楽団の中ではドイツ語、そしてスタッフ同士はフランス語の会話が聞こえる。
 以前、冬にパリのモンマルトル大聖堂に入った瞬間、聖歌隊が歌う宗教曲に戦慄が立ち、そのまま立ち尽くしてしまった。今回もそれに準ずる素晴らしさだ。フォーレとかプーランクだと思うが、わからない。現代的な洗練されたハーモニーだが、歴史をキチンと踏襲している、そのバランスが素晴らしかった。ちなみに私は自分が(偏屈)作曲家であるので、そう簡単には他人の音楽を好きにならない。有名な作曲家でも嫌いな人の方が多い。でも、この音楽は素晴らしかった。リハの大半を聴いてしまった。このタイミングの良さ、神からのギフトのように思えた。これでチケットを買って本番に行く必要が無くなった(笑)。
 感動を胸に、そぞろ歩きでアパートに戻って今夜は自炊。今日はとてもDomesticな日なのであるが、窓から入る心地よい風を受けながらのこの地元民のような生活が最高の贅沢に思える。美術館での素晴らしい絵と優しい人たち、教会での素晴らしい音楽との出会い、素晴らしいUzesの最後の日は、それにふさわしい素晴らしい1日であった。(続く)
(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
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