高市早苗氏が自民党総裁に決まった。当選の経緯については、自陣営の活動が熱心で、慢心のあった小泉陣営を圧倒したとか、麻生氏の支持が大きかったなどという解説がされている。こうした見方は、あくまで噂として見ておくのがいいと思うが、一つだけ指摘できるのはやがて組閣されるであろう高市政権は、ウルトラ保守にはならないということだ。
一つには、高市氏が師と仰ぐ故安倍晋三氏の政治手法がある。安倍氏は、国会の論戦や街頭演説では、強い調子でリベラル派を批判して、保守票の喝采を引き出していた。この手法で何度も国政選挙に勝利して長期政権を実現していたのである。だが、実際の政治に当たっては保守票を味方にしていることもあって、かなり自在に中道政策を実現していった。
例えば、上皇さまが譲位の意向を漏らされた際には、頑固な保守派からは天皇は終身制であり、だから現職の天皇として崩御することが「神上がり」になるのだとして、お元気なうちの譲位に反対する声があった。また、日韓合意については、保守派の嫌う国費からの支出をして、個々人の慰安婦に補償をする内容が入っていた。オバマ氏との相互献花外交も、現職総理が真珠湾で献花することには保守派は複雑な思いを抱いていたはずだ。だが、こうした政策を、安倍氏は淡々と進めていった。
高市氏も、この安倍マジックを踏襲するであろうし、その気配は既に出ている。当選を受けて「自分は馬車馬のように働き、ワークライフバランスは無視する」と述べた一方で、記者たちには「皆さんのワークライフバランスは尊重する」として、硬軟のレトリックを使い分けているあたりに、安倍流のマジックを再現しそうな気配を感じる。
二つ目には、極端な保守政党の存在がある。欧米で流行している陰謀論など新世代の右派ポピュリズムを参考にした政党や、極端なまでに小さな政府を志向する政党が日本でも存在感を持ってきている。そんな中で、自民党には「彼らに保守票を取られている」という危機感は大きい。だからこそ、今回「高市早苗」という旗印を選んだわけで、そこには「保守票を奪還する」ためという意味合いはある。
けれども、実際の高市氏はベテランの自由民主党議員であり、歴代内閣に閣僚として関与してきた人物である。従って、陰謀論や極端なイデオロギーではなく、実現可能な狭い範囲の中で政策を選択してゆくこととなろう。その際に、この人は独特の政治勘というか、世論への嗅覚から言動には細心の注意を払うのではないかと思われる。
その上で、やや希望的観測にはなるが「新興保守政党より穏健でつまらない」と言われるのではなく、「保守だが、現実的で信頼に足る」というイメージを演出することはできるかもしれない。それは別に特殊なことではない。保守世論にしても、現状不満の「はけ口」として、今回参院選では新興保守政党に投票したとしても、あくまで「自民党にお灸をすえる」という心理での投票であった可能性は高い。であるならば、中身のよく見えない新興勢力ではなく、「高市自民党」には安心感を抱く可能性はある。
三点目は、これは懸念材料としてであるが、例えば小泉進次郎陣営と比較した際に、必要な改革を実施できるのか、悪く言えば地方の保守勢力に引きずられて、必要な政策が実施できない可能性があるのは否めない。特に米価の問題については、消費者の強い危機感に呼応して米価抑制に動いた小泉氏への地方票の嫌悪感はかなり強く、今回の総裁選の結果にも影響したと見られている。そこに、20数年前の小泉純一郎政権が徹底して特定郵便局という地方利権を潰しにかかったことへの記憶が重なった可能性はある。
けれども、高齢兼業農家の廃業が加速する中で、農業改革は待ったなしの状況だ。農業だけではない。デジタル化も、教育改革も、雇用改革も実は今ここで本腰を入れないと、経済も社会も維持できない瀬戸際でもある。そして、高市氏とその周囲はそのことは理解しているであろう。もしかしたら、冒頭指摘したように保守派を味方にすることで、かえって中道政策を進む可能性があるように、同じく守旧派の票をまとめたことで、かえって構造改革を前進させることが可能かもしれないのだ。
総裁選までは高みの見物を決め込んでいた国民民主党などが高市氏との連携に動いているのには、このような「本格政権」が出来上がる可能性を計算してのことと思われる。首班指名までにはまだ一週間を残しており、政界ゆえに一寸先は闇という要素はあるが、現時点では安定多数を確保した新連立による現実主義の政権が発足することで、日本の政治が安定化することを期待したい。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

