横尾忠則その創造と歩み

南雄介・藤井亜紀・監修
国書刊行会・刊

 横尾さんと初めて会ったのは、記憶が正しければ1981年くらいロサンゼルスの郡立美術館でリサ・ライオンをテーマにした個展をされた時だから、かれこれ40年近く前になる。その前年1980年夏に横尾さんはニューヨーク近代美術館(MoMA)でピカソの大回顧展を見たことをきっかけに活動領域をグラフィック・デザインから絵画へと移行した。それまで自分の中にあった横尾忠則というイメージと全く別の世界に戸惑いも覚えた記憶がある。横尾さんの「画家宣言」は、そのような横尾さんの心境の変化や画風の転向を伝えた当時の新聞か雑誌の記事の見出しから生まれた言葉で、横尾さん自身が「宣言」した訳ではない。

 すでに横尾さんは、昔の輸出用のマッチのラベルなどに由来する土俗的なモティーフや鮮やかでポップな色彩など、さまざまな出自を持つ要素を強引に引き寄せ、モダンデザインに対して反旗を翻した1960年代のグラフィック作品によって1967年にはMoMAに作品が収蔵されるなど、早くから国際的に高く評価された。それはデザインにおけるポストモダンの先駆として、既存のデザインや商業主義に対するアンチテーゼとして批評性を内在させていた。今なお、MoMAには常設展示のローテーションの中で偶然に当時のポスターを見かけることがある。「僕はここの永久会員だから、ただで入れるんだよね」とちょっと自慢げに言っていた表情が忘れられない。今なお、海外での横尾忠則の名声と影響力はこの60年代から70年代のグラフィック時代に築き上げたわずか10年に満たない黄金の60年代に生み出されたもので、その輝きは今もなお眩しいほどだ。 

 画家に転向してからの作品は「Y字路」や滝のインスタレーション、多元宇宙論と進化する。NYの有名なY字路である五番街23丁目にあるキャスト・アイアンビルや、タイムズスクエアなんかも当地を代表するY字路なのでいつか描いて欲しい。あと、もし今度NYに来ることがあったら、ジョルジョ・デ・キリコ(イタリアの画家・1888年 – 1978年)の原風景を体験していただきたい。横尾さんはいつだったかの日本経済新聞の文化面に、「キリコの緑色の空」に強い衝撃を受けたと書いていた。自転車の輪っかのリムを棒で押してコロコロと走っていく少女がでてきそうな光景が、ロングアイランドシティーの7番線地下鉄高架鉄道のガードにある。キリコが見たらきっとひっくり返って喜ぶに違いない。あれこれ書いたが、この本は、横尾忠則の80年におよぶ創造の軌跡を一冊に凝縮したもので、今年7月17日から10月17日まで愛知県美術館、東京都現代美術館、大分県立美術館の日本国内3会場で開催された「GENKYO 原郷から幻境へ、そして現況は?」の公式カタログになる。価格は2200円。   (三浦)