心の糸を美術品のように紡いで

元メトロポリタン美術館修復師

佐藤みどりさん

 妻であり母であり、そして職業人でもある佐藤みどりさんは、ずっと一流の中に身を置いてこられた方だ。アカデミックな家庭環境に育ったみどりさんは、やはりアートの世界に縁が深かったのか、ファブリックを専門とする修復師としてメトロポリタン美術館に長く勤めておられた。手にしたことがあるのは日本の小袖や裂(きれ)、中国古来の絹、イスラムのカーペットやヨーロッパ中世時代のタペストリーなど、誰もが感嘆する歴史的にも芸術的にも唯一無二の品ばかりである。

 「美術館では作品を安全に展示する事が最も重要な仕事です。修復も安全な展示をまず考えて決断をします」

 ファブリックの修復の仕事は大きく分けて基本的に三つある。修復、保存・管理、展示・公開。そして実際に修復で手を入れる前段階にも、時間をかけてあらゆる方面からの科学調査がなされる。顕微鏡で原料繊維の切断面検査、素材の細胞まで確認する。同時に作品年代・社会背景・歴史なども調べる。これらは表面には出ない、緻密な、しかも時間と努力のいる仕事だ。「クロイスターにある有名なタペストリー「Borgos」は35年かかりました。信じられないでしょう?」美術館に勤務し始めたみどりさんは、自らニューヨーク大学に通い美術品修復について学んだ。

 さらに修復師のみどりさんに任された仕事がある。外国の美術館に作品を運び貸出し、展示する任務だ。木枠を組んで安全に美術品を運ぶ用意から、分厚いコンディション・チェックのファイル、保険に関する書類等々かばん一杯に抱え、真冬でも風の吹き晒すカーゴの荷造り場に立ち詰めで積み荷を見守ったり、機内で安全でない場所に積まれたりしないように、何時間も監視する大変さは「ちょっと言葉にはできない、相当に重圧を感じ消耗もする孤独な独り旅」とみどりさんは言う。それでもサーカスのライオンの吠える声を聞きながらハンモックで眠ったり、フランスの粗末なカーゴの中で正式なテーブルセッティングで上質な食事が用意されたことはいい思い出として残る。

 近頃は、ジャパン・ソサエティの展覧会『BOROテキスタイル・継続性の美学』への協力、詩歌集『わんざぐれ〜折句・短歌・俳句・詩』を上梓されたばかりである。「折句」という藤原定家も遊んだ和歌の技法をさらりと披露され、若い頃の激しい感情や、長く押し止められた内面のほとばしりが結晶となり輝く。夫や子どもや孫たちへの愛情、痛いほどに非力である人間の悲哀、心情が詩歌に込められている。

 全てが芯のある女性の姿として憧憬を抱かずにはおれない。(フェイダーちえ)