米国がベネズエラ大統領マドゥロを「麻薬テロ共謀」「米国向けコカイン密輸共謀」などの罪状で起訴したのは5年前、第一次トランプ政権の2020年3月のことです。
ベネズエラで1999年年にチャベスが大統領になって反米路線を掲げ、石油資本を国有化して米国を追い出して以来、ブッシュ(子)、オバマ政権とも同国を敵対国と見なしてさまざまな圧力、制裁、野党支援を実行してきました。その間、2013年にマドゥロがチャベス死後の政権を継承したのですが、18年5月の大統領選挙は野党候補の選挙排除などマドゥロ再選のための出来レースで、体制転覆を目指すトランプ政権はもとより、欧州西側諸国や日本政府までも「大統領不在」として国民議会議長だった野党のフアン・グアイドを「暫定大統領」として支持したのです。
これが今回のマドゥロ逮捕の伏線です。国際法上、国家元首は免責特権があるため在職中に外国で訴追されることはないのですが、トランプ政権にとっては「彼は国家元首ではなく訴追は可能」となるわけ。
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ただし、その起訴罪状は甚だ疑わしい。ベネズエラの麻薬は主に欧州に流れ米国にはほとんど入っていません。麻薬テロを糾弾するならお隣コロンビアやメキシコこそが標的です。しかもトランプ政権は昨年12月初め、米国への大量のコカイン密輸共謀で45年の禁錮刑で服役中のホンジュラスの前大統領に恩赦を与えている。矛盾ですが、トランプに言わせれば「彼はバイデン前政権のワナにはめられた」だけだからだそう。
今回の軍事侵攻は麻薬ではなく世界最大の埋蔵量のベネズエラの石油が目的です。侵攻直前には中国の使節団が巨額の石油プロジェクト契約を結ぼうと首都カラカスでマドゥロと会談していたタイミングでした。
トランプは侵攻3日後の6日にはベネズエラが5000万バレルの高品質原油を米国に引き渡すことを発表。「原油市場で販売する収益は自分が米国大統領として管理して活用する」と喧伝しています。
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実はこれは「西半球はアメリカの権益領域」とするトランプ政権の覇権主張に関係します。
今回の軍事侵攻には国務長官のマルコ・ルビオが後押ししました。
ルビオは両親がカストロ以前のキューバからの経済移民で、自身もフロリダ州選出上院議員としてキューバ系やベネズエラ系の有権者圧力でトランプに対しベネズエラ強硬策を強く促してきた人物です。しかも、ベネズエラの石油を押さえることで、その恩恵に預かってきたキューバを兵糧攻めにもできる。
キューバはソ連崩壊後に経済的苦境に陥りましたが、そこで反米路線でつながるベネズエラに救われます。優秀な医療や教育要員さらには中南米最精鋭とされる兵員を提供する見返りに(今回のマドゥロ逮捕の衝突で、キューバ人警護部隊32人が死亡したのはそういう事情です)、ベネズエラから安価な石油や資金を得て国家を運営していた。つまりベネズエラ攻略はキューバ攻略のおまけがついてくる一石二鳥なのです。
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トランプはこの軍事作戦成功に機嫌をよくしてコロンビアやメキシコへの軍事介入、あるいはデンマーク領グリーンランドの武力による領有も示唆していますが、コロンビアやメキシコの軍隊は米国製の武器兵器を持っていて強い。本当に地上侵攻して麻薬カルテルを叩くメリットがあるのか? それともブラフか?
グリーンランドに関してはルビオがトランプ発言を軌道修正して「買収」を示唆していますが、こちらは政権内よりもどうもトランプ一族が乗り気のようで、表向きの中国やロシアとの安全保障上の懸念の背景に、グリーンランドのレアアースなど資源ビジネスがらみの思惑が透けて見えます。
ベネズエラもカネ、グリーンランドもカネ──フォーブスの推計ではトランプの資産は大統領になってから数十億ドル増えたとされ、一族全体では総額100億ドルに倍増したといわれます。第一次政権で頻繁に問題視された「利益相反」も、今や他の問題の「洪水」に水没している状態です。
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そんななかでミネアポリスで移民税関捜査局(ICE)職員が車を運転する女性を射殺する事件が起きました。SNSでその現場映像を拡散した投稿者は「アメリカが今アメリカ国内でアメリカがやっていることを見たら、アメリカはアメリカの暴虐からアメリカを解放するためにアメリカに侵攻していただろう」と書いていました。
予想はされましたが、かつてなく不穏な2026年の幕開けです。
(武藤芳治/ジャーナリスト)

