「アジア系への暴力には泣き寝入りするな」

 アメリカ社会はコロナ禍からほぼ脱したと言える一方で、アジア系へのヘイト暴力は依然として発生が続いている。5月上旬には、日本国ニューヨーク総領事館から地下鉄における安全対策の「注意喚起」がされたが、3月から4月までの短い期間にも日本人が被害に遭うケースだけでも数回起きている。何ともイヤなニュースであり、このまま泣き寝入りするわけには行かない。

 4つの対策を緊急に提言したい。

 1つは、何としても検挙率を上げるということだ。暴力を受けた被害者が実行犯を追跡したり、特徴を記憶して捜査当局に適切に情報提供を行うというのには限界がある。何としても、周囲の目撃者に「見て見ぬふり」をさせないことが大切だ。

 そのため、現状について、アジア系だけでなく、ニューヨークの社会一般に改めて広く情報を共有し、意識を高める活動が必要だ。こんな恥ずかしい状況では、国際観光都市復活などというのは夢のまた夢だということを知らせて、全てのニューヨーカーに危機感をもってもらわねば困る。

 2つ目は、これはあくまで仮説だが、マスク、それも白いマスクを着用することが衝動的な犯行を刺激していないか、についての検証が必要だ。マスクは「病者と悪漢の象徴」という誤った認識が「アジア発のウィルスが自分たちの生活を破壊した」という一方的な思い込みと重なって衝動犯行の原因になっているという仮説は成り立つ。仮に、相当程度の危険因子であるならば、そのことは共有すべきだし、仮に相関関係が「ない」のであれば、それだけ人種差別的な衝動が強いということになる。相関関係があったとしても、マスクを外せというのではなく、全市で「マスク着用の自由と権利」を確認するように持ってゆくべきだ。重要な点なので再調査を強く望みたい。

 3点目は、改めてアジア系の結束を見せる必要だ。何よりも、東アジア各国の連携は重要だ。日本、中国、韓国に加えて台湾代表にも加わってもらい、事件の正確な実数を集計することは可能だろう。その上で、当局やメディアに強く広報活動を要請するのだ。

 また、直接の被害者だけでなく、営業を脅かされた飲食店や商店などがあれば、結束して民事訴訟を起こすなど、法的な戦術に訴えることも必要と思われる。仮に、当局の対応に無作為を含む落ち度があれば、しっかり告発して権利を主張してゆくべきだ。更に言えば、アジア系として地下鉄を恐れ、避けるだけでは弱みを見せることになる。NYPDとMTAに厳戒態勢を敷いてもらう代わりに「アジア系による地下鉄一斉乗車運動」の日などを設けて、人種コミュニティの存在感を示威することも必要ではないか。

 4点目は、幅広い啓蒙活動だ。多くの事件が衝動的であることから、加害者像としては、「どちらかと言えば有色人種の貧困層」「ニュース情報にはリーチしない層」「少ない情報から思い込みをしてしまう層」「麻薬使用や精神疾患などで判断力の低下している層」といった像が浮かんで来る。だからと言って、自衛するしかないというのでは消極的だ。この種の潜在加害者層にも訴えるための方策もあり得ると思う。

 まず考えられるのはコロナ禍の初期に「武漢ウイルス」とか「中国ウィルス」などという無責任で差別的な言動を繰り返したドナルド・トランプ氏本人に登場願うことだ。何よりも「本人」の口から、「アジア系へのヘイトは誤り」だというメッセージを強く出してもらう必要がある。故安倍晋三氏には多くの借りのある同氏のことである。そのぐらいは当然だろう。

 トランプ氏だけでなく、アフリカ系やヒスパニック系、あるいは保守系白人の歌手、芸人、俳優、スポーツ選手などのビッグネームにも登場願いたい。彼らが、アジア系の著名人と抱き合い、肩を組む姿を見せ、そこにアフリカ系のアダムス市長、白人のホークル知事、保守系のパタキ元知事やジュリアーニ元市長なども一緒になって、アジア系ヘイトを撲滅するキャンペーンをやってもらいたい。その際には、マスクに関する「着用の自由と権利」ということの発信もお願いしたい。過去50年にニューヨークという街に対して東アジア諸国が行った経済貢献を考えれば、当然過ぎるぐらい当然のことではないかと思う。

 とにかく、現状に屈することも、また黙ってスルーすることも適切ではない。この恥ずかしい状態を改善することはニューヨークに関わる全ての人の義務であると考える。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)