日中間の2大原則、大前提に立ち戻る時 冷泉彰彦

 高市政権と中国の関係は冷え切っている。こうした現象は、小泉純一郎氏が現職総理として靖国参拝を続けた時期にもあった。また野田佳彦政権が尖閣国有化を進めた際にも類似の現象はあった。端的に言えば、中国共産党が人事の季節を迎えて、勢力の競い合うなかでは、妥協できる権力を持つ人物が不在となる。そのための現象であり、既視感は強い。けれども、日中両国の経済にも悪影響が出始めているわけで、改善への模索は必要だ。

 大切なのは、日中関係における原則の堅持である。戦後処理の原則、政治体制の相互理解という2つの大きな原則が日中間で安定していれば、2国間関係を安定化することは可能だ。

 まず2つのうちの1点目だが、大切なのが日中の戦後処理についてである。これは田中角栄の国交正常化、福田赳夫の日中条約によって現在の日中関係の大前提となっている。そこには「周恩来ドクトリン」という大原則がある。これは「日本軍国主義は敵だが、戦後の平和的な日本人民は敵ではない」として、その証として「日中戦争の賠償を日本の現在の世代には求めない」としたことだ。

 それとは別に、この時期の中国は国連加盟を実現した。これによって、サンフランシスコの平和、つまり「連合軍の国際連合への改組」「サンフランシスコ講和による日本再独立」「日米安保による太平洋の平和」という三点セットを追認した。

 2点目は、相互の価値観を認めるという原則である。日本は、中国がただちに公選制の民主主義を導入「できない」ことを理解している。この問題に関して内政干渉を行ったことはないし、今後もしないであろう。その反対に、中国も戦後日本の民主政体を批判することや、これに干渉することはあってはならないし、実際に行っていない。

 ここまでの2点を背景に、経済協力、国際分業による不可分の経済関係がある。何よりも、改革開放政策採用以来の中国へは、日本は技術移転を惜しまなかった。これは過度の空洞化をもたらしたが、現在の中国は依然として日本経済の生産拠点であり、同時に巨大な消費地である。したがって、両国は相互の経済互恵関係を前提として国が成り立っているとも言え、この点については今世紀に入っても全く変わりはないし、変えることは難しい。

 さて、現状はどうかというと、この2つの原則が理解されないまま混ざり合っている、問題はこの点に尽きると言えよう。具体的に言えば、高市総理が、台湾海峡における軍事紛争の可能性を深刻視する発言を行ったのは、2つ目の観点からである。中国が台湾との関係において力による現状変更を試みるということは、自由と民主主義の理念を採用している地域が権威主義体制に編入され、日本と直接国境を接することを意味する。中国は一国二制度を適用すると主張するかもしれないが、香港で起きた先例を見れば信じるのは難しい。したがって、そのような可能性を深刻視した発言を行った、それ以上でも以下でもない。

 問題はこれに対して、1点目の原則を適用して論戦が起きていることだ。中国高官の発言は「日本では軍国主義が復権している」という1点目の原則からの批判となっているが、これは勘違いである。また、日本側としても、今回の論戦の中で靖国参拝を推進しようなどと、1点目の原則に抵触するナショナリズムを煽って対抗しようという動きもある。そうすると、中国側からは「周ドクトリンが崩れる懸念」つまり「日本の現代世代は20世紀の軍国主義の正当化を行っており、これは現在進行形での敵視である」という見方が出てきてしまう。

 こうした論戦は誤っているし、全くの不毛である。高市氏の懸念は2点目、つまり理念の違う同士が共存してゆくという「現状」を重視し、力による変更に反対しつつ現状維持を主張しただけであり、それ以上でも以下でもない。なによりも、この誤解を解かなくては今後に禍根を残すであろう。一方で、第一の点を巡って「周ドクトリン」そのものを壊そうという愚かな論戦は、双方が徹底して自制すべきだ。

 米国保守派の中には「台湾放棄+第2列島線まで撤退」などという強めの孤立主義も散見される時代である。日本は一段と冷静になって、原則に戻りつつ日中関係の正常化を進める時期と考える。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)