クリスマスイブの盗人 

ニューヨークのとけない魔法 ⑪
岡田光世

 クリスマスシーズンの夜は、おそらくニューヨークの街が最も美しいときだろう。12月に入ると、ロックフェラーセンターやリンカーンセンターの大きなツリーにライトが灯される。金色に輝く無数の小さな豆電球が、街路樹を飾る。五番街のショーウインドーに華やかな装飾が施される。そして、ニューヨーカーたちは大きなショッピングバックをいくつも提げ、ところどころで足を止めては、クリスマスの訪れを楽しむ。

 ニューヨークの陰の部分が目に映らなくなって、人々はなんとなくほっとし、この街はすばらしいと思い込めるときなのかもしれない。

 ある年のクリスマスイヴのことだ。真夜中に隣の部屋に泥棒が入った。当時94歳のおばあさんが、ひとりで住んでいた。とても礼儀正しい人だった。クリスマスイブに、それもひとり暮らしの老人をねらって泥棒に入るなんて、ひどい人間がいるものだ。

 年が明けてから、おばあさんは私を自分のアパートに招いて、その話をした。

 泥棒が入って来たとき、カトリック教徒の彼女は、リビングルームのソファにすわって、テレビでミサを見ていたという。真夜中に始まる教会のミサに、もう歩いていくことはできなくなってしまったからだ。そういえば、あの夜、隣の部屋から、大きな音で聖歌が聞こえてきた。

「まったく、なんてことでしょう。犯人はそこのキッチンの窓から入ってきたんです。あとで見たら、窓が上まで開いたままになっていたんですから。うちは通りに面しているでしょ。まさかだれも入ってこないと思って、いつも窓を少しだけ開けておいたんです。キッチンは電気を消しておいたから、きっと懐中電灯を持っていたのね。泥棒がいたなんて、私はちっとも気がつきませんでしたよ」

 いつもと違い、おばあさんの口調は穏やかではなかった。

「ちょうど家に大金があったんです。300ドルほど。でもそれはリビングルームにあったから、盗られなかったんですよ。小銭入れと鍵を持っていったわ」

「ちょうどそのころ、アパートの地下のランドリールームに何者かが侵入し、洗濯機や乾燥機の料金箱をこじ開けて、小銭を盗んでいった。おばあさんは建物の入口の鍵も盗まれたというから、その鍵を使ってランドリールームにも入り込んだのだろうか。まったく気味の悪い話である。

 おばあさんは続ける。

「それとね、ほかに何を盗っていったと思います? ちょうどここにあったパンを一斤。それと、そこの棚に置いてあったラム酒ですよ。12年前に亡くなった夫が買ってくれたものなの。栓も開けずに、ずっと取っておいたんですよ。

 それから、これはしばらくたってから、冷蔵庫を開けたときに気がついたのだけれど、冷凍庫のずっと奥のところがぽっかり空いていたんです。最初は何だかわからなかったわ。でも、よく考えてみたら、そこには箱入りのアイスクリームが置いてあったんですよ。信じられないでしょう」

 リビングルームのテレビの真ん前にすわって、ボリュームを上げておばあさんがミサを見ている。美しい聖歌を聞きながら、隣のキッチンで、泥棒が懐中電灯を片手に、パン一斤とラム酒を見つけ出す。そして冷凍庫の奥から大きなアイスクリームの箱をごそごそ取り出すと、それをみんな抱えて、入ってきた窓からこそこそと逃げてゆく││。

 犯人は、一斤のパンを家族と分かち合い、クリスマスを祝ったのだろうか。ラム酒をちびちび飲む親のわきで、好物のアイスクリームを子どもが大喜びで食べていたのだろうか。

 クリスマスだものね。

 そう言っているかのように、おばあさんの口調は、いつしか穏やかになっていた。

 このエッセイは、シリーズ第2弾『ニューヨークの魔法は続く』に収録されています。

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