陰謀論世界

 いわゆる「陰謀論」にハマる人たちが一様に口にしたのは「自分でリサーチしてわかった」「インヴェスティゲートしたらこうだった」という半ば決まり文句でした。でもそれは、さらに聞いてみると「YouTubeで見つけた新事実」だったり「ネットでたどり着いた真実」だったり││。

 そういう人たちにタイムズスクエアで、酒場で、集会で何度か出会いました。しかも揃って同じような話し方なのです。台詞を思い出すように時に目をつぶり、時に言い間違えを直したり。受け売りの言葉を誦んじようと努力する話し方です。矛盾にツッコミ入れるのも遠慮されるようなたどたどしさで。

 一方で、これらの言説を堂々と大声でまくし立てる人も多い。彼らは成長形です。陰謀論へのハマり具合が嵩じて、あちこちの集会で同じことを言っている間にすっかりと立て板に水の講釈者=デマゴーグに成長した。そんな彼らは今度はテフロン加工の演説マシンになります。「自説」をまくし立てるだけで反論は何も聞こえていない。

 思い起こせば、4年前の大統領選挙でトランプが何よりも強調していたのは中央の主流メディアへの不信でした。NYタイムズやCNNを始めとするマスメディアを「ガーベージ」「トラッシュ」とゴミ呼ばわりし、「フェイク」と断じる。日本でもちょうど「マスゴミ」なる言葉が流行り始めていました。主流メディアの報じることを信じさせないで、では何を信じさせるのか?

 そこで用意されていたのが新興メディアです。折しも21世紀に入って新聞やラジオなどの地方メディアはネットに食われてどんどん潰れていました。そこに入り込んだのが、オバマをイスラム教徒のように印象付ける放送を流したことで批判されたシンクレア・ブロードキャスト・グループなどの保守系メディアでした。地方ラジオは聴取率と広告を得るためにどんどん過激なトークを加速させました。さらにフェイスブックなどには出てこない「特別な情報(陰謀論)」を提供する「パーラー」などの新たなSNSプラットフォームもできています。

 冒頭で紹介したような人たちはそれが情報源。しかもそこを掘っていくと、アルゴリズムを利用した関連情報が次々と自動的に現れてくることになる。そうなったらもう宝(陰謀論)の山です。

 一般の人が知らない情報(陰謀論)を手に入れることで、自分が一家言を持ったかのような優越感に自己陶酔するのは、ひとえにメディア・リテラシーが養われていなかったせいですが、そんなことはもう関係ありません。トランプはそれをスポーツの試合のように利用して、政治をスポーツ観戦のように敵・味方の二元論で進めていきました。そう、プロレスと同じです。難しくて面倒臭い話じゃなく、何より単純で面白い。そこで勝つことの爽快感、敵のほえ面を見ることの快感と言ったら! バイデンの勝利が信じられないのは、自分がほえ面をかくのが耐えられないからです。

 今回、トランプに投票した人の半分ほどがこの陰謀論を何らかの形で信じているといいます。そんなことが可能なのか、と疑いますが、アメリカは一九五〇年代にあのマッカーシズムという大いなる陰謀論に国家ごとはまり込んでいました。人間は、舞台さえ仕込めば何でも信じてしまうのかもしれません。

 政府の一般調達局が正式にバイデン政権への移行を認め、今週、やっと作業が始まりました。不正選挙を訴えて時間稼ぎをし、州議会で選挙人を決めさせるという奥の手ももう手詰まりです。トランプ陣営は次に何を仕込むつもりでしょう? (武藤芳治/ジャーナリスト)