人生はモザイクの彩り

今井 千恵・著
日経BP・刊

 1999年2月。世界のファー関係者が注目する「ファー・ファッション・ウイーク1999」がニューヨークのメトロポリタン・パビリオンでスタートする運命の瞬間が迫っていた。今井千恵さんは、緊張のあまり喉が乾き、胸の動悸が止まらない。その日まで毎年1回、東京と福岡でファー・コレクションのショーを19年間続けてきたが、こんなに緊張したことは一度もない。成功か失敗か。これまで歩んできたファー・デザイナーとしての運命を左右する世界の大舞台。そんなプレッシャーがのしかかっていた。いよいよ「ロイヤル・チエ(現・CHIE IMAI)」ブランドの出番がきた。桜をテーマにした「モザイク ドゥ チエ チェリー・ブロッサム」と題して最初にランウェイに上がったのは、ピンクを基調としたパステルカラーの「モザイク ドゥ チエ」だった。

 会場が一瞬、静寂に包まれた。「ダメだったか」と思った次の瞬間、拍手の波があちこちから沸き起こり、それが大きなうねりとなって会場自体を覆っていった。「誰もが着たいと思う日常性と楽しさとオリジナリティー、そして日本の情緒」を加えた全60作品のいずれにも、拍手や驚きの声がやまなかった。

 アメリカという国は、一度才能が認められると、前日まで無名だった人が拍手喝采で迎えられる。一夜にしてスターダムにのし上がれる国だと実感した。ファーデザイナー、チエ・イマイ世界デビューの瞬間だ。

 すでに、今井さんは、ホワイトミンクをさまざまな色に染めあげてモザイク状に色合わせしながら独自の製法によって丹念に繋ぎ合わせた世界の毛皮業界でも前例のないファー、「モザイク ドゥ チエ」をヘルシンキの工房で1990年秋に完成させた。

 今井さんをニューヨークの社交会やビジネスの世界へ導いたのはトニー賞やエミー賞を受賞したブロードウェイ作品の名プロデューサーで一緒に世界女性起業家賞に選ばれた今では無二の親友フランシーヌ・ルフラックさんだ。彼女の父親はルフラックシティーと呼ばれるジョン・F・ケネディ国際空港からマンハッタンの間のクイーンズ一帯を持つ巨大不動産会社の経営者。

 2002年10月24日、満を持して東59丁目マジソン街の角ビルに路面店「ロイヤルチエ」をオープンする。鹿児島の裕福な家庭で育ち、主婦から女手一つでビジネスを起業、世界女性起業家40人に選出され、世界女性起業家賞をパリで受賞、2014年には、フィンランド大統領から民間人として最高位の勲章「フィンランド獅子勲章コマンダー章」を日本人女性として初めて受章するなど世界的に活躍する。

 本書は、2010年にニューヨークを撤退するまでの奮戦の12年を記すだけでなく、「クリストファー&ダナ・リーヴ財団」を通じた社会貢献活動に対する思いなどを書き綴った波乱万丈の一代記だ。マジソン街の62丁目に今井さんお気に入りのイタリアレストラン「ネロ」がある。「好きなことは、しっかりとお続けなさい。おのずと道が開けます」。アウトサイドのカフェで本を閉じるとその言葉が今井さんの声になって聞こえてきた。   (三浦)