ブリキの兵隊、再び

 「ブリキの兵隊とニクソンがやってきて」で始まり「オハイオで4人が死んだ」で終わるニール・ヤングの『オハイオ』は、1970年5月4日、オハイオの名門ケント州立大学でベトナム反戦集会の学生たちに州兵が発砲し、4人が死亡した暴挙を歌ったものです。その2年前の68年にはコロンビア大学でも反戦運動が激化し、それは青春映画『いちご白書』(70年)で描かれました。

 ベトナムとガザの違いはあれど、半世紀以上前と同じ学生逮捕劇が今、そのコロンビア大など全米百近い大学で再現中です。欧州でもユダヤ人差別が絶対タブーなドイツですら名門フンボルト大などで、英国はケンブリッジ大でもテント運動が始まり、フランスもソルボンヌ大が「ガザよ、ガザ、ソルボンヌはあなたとともにある」という学生たちのコールが響きます。

 昨年10月のハマス奇襲に端を発したイスラエルによるガザ徹底殲滅。12月には米連邦下院教育労働委が大学における反ユダヤ主義に関する公聴会を開き、ハーバードとペンシルベニア大の両学長は「学生の反ユダヤ主義を黙認」として辞任。その経緯を知るコロンビア大のシャフィク学長は先月の公聴会で学生への強硬姿勢を示し、首はつながったものの翌日に警官を投入して今回のこの全米大学の抗議の火に油を注いだ。

 しかしこれは反ユダヤ主義ではない。これは「反大量虐殺」「反ネタニヤフ政権」です。学生たちの要求は明らかです。米国では年7万ドル(現レートで1千万円)も珍しくない学費を元手に、この10年ほどで百以上の大学がイスラエル投資や業務契約で計360万ドル(同540億円)も利益を上げています(米教育省)。ハーバード大は5年前の時点で「Booking.com」の親会社であるブッキング・ホールディングズに2億ドル(同300億円)ほどを投資。同社は国連がパレスチナ人居住区へのイスラエル入植事業に関係していると認定した企業。またMIT(マサチューセッツ工科大学)はこの10年以上にわたりドローンやミサイル防衛技術供与の契約などでイスラエル国防省から1100万ドル(同17億円)以上を受け取っている。

 学生側は自分たちの払う学費を大量殺人や入植事業に使わせるなと軍産イスラエルとの断絶を要求している。しかしバイデン大統領も長年の政治家生活でイスラエル・ロビーから計440万ドル(同6億6千万円)もの献金を受けてきました。「イスラエルによるガザへの無差別攻撃に抗議する若者たちvsイスラエルに反対できない既成権力」という構図の硬直。

 11月の大統領選がこれでさらに予測不能です。4年前にはバイデン当選を支えたZ世代でも、今18〜22歳の学生たちはトランプ政権当時は10〜14歳。あの4年間の強権と混乱を自分ごととしては知らない。だからそんなトランプを差し置いて、現在の若者には「民主主義を守るために支持を」と訴えるバイデンこそが反民主主義に映っている。

 8月にはシカゴで民主党全国大会があります。正式なバイデンの候補決定です。その際、バイデンの対イスラエル政策を批判するリベラル派が、会場内外で抗議デモを行うことになる。大学は夏休み中。全米からバイデン抗議の学生たちがシカゴに結集するかもしれない。思い出すのはやはり68年8月のシカゴでの民主党全国大会。ベトナム戦争反対の約1万人のデモ隊と警察が激しく衝突し、多数の死傷者が出たあの大混乱です。で、その後の11月選挙ではニクソンが勝利した。

 トランプはいま刑事裁判などで大忙しですが、彼の周囲の「ブリキの兵隊」チームが眈々と前回以上の政変計画を準備中です。

(武藤芳治/ジャーナリスト)