引き続き「円安」で本当に良いのか?

 外国為替に関しては予想は概して外れることが多く「一寸先は闇」と考えておくのが正しい。そんな中で、2月10日に発表になると言われていた、日本銀行の人事が明らかとなってきた。黒田東彦総裁の退任が既定路線となる中で、後継は雨宮正佳副総裁となる模様だ。

 この間、日本社会全体では、円安のデメリットが指摘されることが多くなっている。だが、とりあえず4月の統一地方選を考えると輸出や観光産業に配慮して、円安政策を継続するということになる可能性がある。今回の人事からは、そんな政権の思惑が透けて見える。市場もそうした気配を汲み取って、人事が漏れた段階で更に一段の円安が進んだ。一部の報道では、市場には日銀が現状を維持するという「安心感」が出ているという。

 では、このまま政府日銀は、円安政策を継続しても構わないのだろうか。仮にそうだとして、NYの日系社会には、どんな影響があるのか、この機会にシミュレーションをしておきたい。

 まず、日本経済においては、賃金の上昇をインフレ率が上回る「悪しきインフレ」が懸念されている。その原因の多くが、輸入に頼る化石エネルギーのコストだと考えると、この先も円安政策を継続するとエネルギーコストの圧迫が家計と、企業収益を更に悪化させる懸念がある。エネルギーに加えて、木材、小麦、大豆など日本の日常生活に欠かせない輸入資源に関して「円安によって日本が買い負ける」現象が指摘されていたが、こうした問題も更に続く可能性がある。

 その一方で、円高になると輸出産業は不利になる。だが、日本発の多国籍企業は、円高のデメリットを打ち消すために良くも悪くも「空洞化」を進めてきた。そのためもあって、円高に振れた場合の影響は軽減されている。一番影響があるのは、日本発の多国籍企業で、アベノミクスの期間を通じて、円建ての「連結決算」を見かけ上大きく膨張させてきた。今回、仮に円安政策を「止められない」のであれば、多国籍企業の円建て業績の問題も一つの原因と考えられる。考えてみれば決算期が3月に迫っているということもある。

 今年に入って急速に拡大している訪日外国人の観光だが、円高になれば確かに「インバウンド消費」には不利となる。仮に旅行予算がドル建ての旅行者の場合、円高期に訪日すれば何もかもが高く感じられるだろう。だが、この点に関しては、現在の「インバウンド」の旺盛な需要と購買力を考えると、多少の円高は吸収してしまう勢いがある。この間、コロナ禍の前後も円安がインバウンドを後押ししてきたことは否定できないが、かといって観光産業を維持するために円安を続けなくてはならないというのは、少し違うと思われる。

 アメリカの日系社会としてはどうであろうか。この間、コロナ禍の以前から円安のため訪米観光客はジリ貧となっていた。これにコロナ禍と、治安の悪化といった条件が重なって、日本からアメリカへの観光はほぼ全滅という時期が続いた。これが円高になれば、反転してゆくことが期待される。全米の中でもとりわけニューヨークの場合は、平時であれば国際金融都市であることに加えて、世界有数の国際観光都市でもあった。

 縮小傾向にあったとは言え、その中で日本からの観光客のもたらす経済効果は決して小さくはなかった。一旦ゼロとなったその効果が、円高になれば再び勢いを持つであろうし、これは日系社会だけでなく、ニューヨークの都市経済の再生において重要なファクターとなる。この春、アメリカではWBCが行われ、日米における野球の交流は更に高い関心を呼ぶに違いない。そんな中で、メッツにはソフトバンクから千賀滉大投手が移籍してくる。千賀投手の活躍する姿を追ってシティ・フィールドへ日本からの応援が増えることを期待したいが、円安が継続する中では難しいかもしれない。

 それはともかく、では仮に雨宮氏が総裁になって円安政策を志向したとして、本当にその通りに為替レートの現状維持が可能なのだろうか。日本円を取り巻く環境は、短期的には円高圧力がある一方で、このまま競争力が低迷すると中長期では一層の円安からハイパーインフレに進む危険もある。実は、現状維持というのが一番難しいという見方も可能であり、仮に岸田政権が4月の統一地方選という極めて短期の思惑から通貨政策を考えているのであれば、何とも心もとない。とにかく、新総裁の手腕に期待するしかない。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)