クーデターの衝撃

 連邦議事堂突入事件で世論の風向きは完全に変わりました。民主制度の象徴たる議会を冒涜する映像は多くのトランプ支持者の目をも覚まさせました。この期に及んでもなおトランプを支持すると言う人間は、あれは左派アンティファの仕業だと信じたい人たちです。

 突入は自分らとは違う「敵」のやったことと言い張るのはつまり、乱入は「悪」だと認識しているということです。ならば「実行犯は左派」というその思い込みを解いてやれば、トランプへの熱狂が醒めるのは時間の問題です。残る支持者はガチの白人至上主義者/ネオナチくらい。さすがにそれだと少数派です。

 議事堂に向かった大多数はおそらく何かのお祭り気分で気勢を揚げたつもりだったのでしょう。なにせ大統領が「議事堂に歩け! 強さを見せつけるんだ!」と言ったんですから。しかしそれはバチェラーパーティーでのバカ騒ぎとはワケが違った││午後1時、最初のバリケードが破られます。午後1時半、民主党、共和党両方の全国委員会本部ビル前ではパイプ爆弾が発見されます。同2時、複数の入り口から議事堂突入が始まります。2時半、混乱はエスカレートし同45分、議事堂内で催涙ガスが発射されます。3時過ぎ、両党有力政治家たちがトランプに事態を収拾するよう呼びかけ始め、そして4時17分、突入から2時間以上経って、トランプは渋々暴徒たちに向けて「平和に帰宅せよ」という録画メッセージを送ります。「ウィー・ラブ・ユー」というねぎらいの言葉を忘れずに。

 けれどその間に消火器で頭部を殴打された議事堂警官1人は死亡。別の警官は3日後に自殺しました。暴徒側も4人が死に、侵入を防げなかった議事堂警察のトップは辞任してFBIが捜査を本格化します。突入暴徒の画像はテレビだけでなくネットや首都のバス停パネルまで使って公開され情報提供が求められています。なぜならあれは、参加者たちの認識はどうであれ紛れもなく国内テロ、前代未聞のクーデタ未遂だったからです。

 容疑者たちは続々と指名手配で捕まり始めました。「平和に帰宅」しようとした突入者たちはホテルで、空港で、帰った自宅で次々と逮捕され、「逮捕なんてひどすぎ」「大統領を支えただけ」と空港で泣きわめく白人男女の動画はネットで拡散されました。現場にいたネットセキュリティ会社代表は職を退き、教師や店員や保守メディアのライターや地方の共和党議員たちも一斉検挙の対象で、不正選挙を喧伝した共和党上院議員ジョシュ・ホーリーの本の出版は中止になりました。

 問題はトランプ本人です。SNSからはことごとく排除され、ホワイトハウスのスタッフも大量辞職、関連事業からは多社が撤退し、来年のPGA選手権の会場はトランプのゴルフクラブから変更になりました。何より自分自身が憲法の修正25条職務停止か2度目の弾劾かの瀬戸際です。

 あまりの世論の厳しさに翌日になって「円滑かつ確実な政権移行」を約束してしまい、いまそれを後悔中だともいわれます。けれどこうなると噂される自分への大統領恩赦も難しくなった。というのも弾劾を受けての上院での罷免裁判は、任期が終わった後も有効で時間切れがないからです。しかも罷免が決まれば再出馬も禁止できる。民主党が多数派の上院は、裁判は一連の政権発足作業を終える百日後から始める構え。そのころさらに世論のトランプ離れが進んでいれば、これまで復讐が怖くて言いなりだった共和党議員たちも遡及的な罷免に回るかもしれません。それが、政治家たちが風見鶏と言われるゆえんなのですから。(武藤芳治/ジャーナリスト)