越境の和洋融合世界 川井郁子が「響」NY公演

 15年ぶりのニューヨークで海外初公演となった「響」。東京、大阪公演に続いて3回目がニューヨークでの演奏となったのは「和楽器と洋楽器のコラボレーションをライフワークとしてやっていて、オーケストラの響というのを本格的に立ち上げたことでぜひこれを海外の人に聞いてもらいたいと思ったんです。ニューヨークは世界中から一番色々な文化や芸術が集まってきている場所。ここが、私が目指している文化や時代を超えた越境の音楽を一番理解してもらえる可能性に満ち溢れた街だと思い、ニューヨークにしたんです」と話す。

 和楽器と洋楽器との融合から何が生まれるのか。「一緒に演奏をしていただいている音楽家の皆さんからは、越境でこそ生まれるこれまで味わったことのないゾーンに入る深い味わいを感じると言われました。そこから生まれる化学反応で、強烈なエネルギーが生まれるんですね。そして音楽の影響だけではない、映像も合わせてこれまでにない感動を受け止めてもらえたならば嬉しい」と話す。

 バイオリンをやりたいと思ったのは6歳の時、ラジオからたまたま流れてきたバイオリン協奏曲に感動したからだった。母親と一緒に洗濯物を畳んでいた時だった。母は賛成してくれたが、父は子どもの気まぐれだろうと、はじめは相手にしてくれなかった。それでもしつこく半年間、バイオリンを習いたいと頼み続けた。クリスマスの日にサプライズで父がバイオリンを買ってきてくれた。それからは父が運転する車でバイオリン教室に通った。小学校高学年のとき、最初に自分の小遣いで買ったレコードはA面がチャイコフスキーのバイオリン協奏曲、B面がメンデルスゾーンの「一番メジャーな組み合わせのレコードでした」と微笑む。あれから歳月は流れたが、あの頃と今も変わらないのは「バイオリンを弾いている時だけは自分を委ねられるという感覚ですね。それがあったから離れられなかったんでしょうね」と話す。少女時代から自分にしかやれないことをやりたいという気持ちを持って育った。それは自分にしかできない表現という形に変わっていく。

 東京藝術大学へ進んだ。クラシックは、作曲家が何を考えて曲を作ったのかを考えてそれを忠実に再現するのが使命とされている。そんな世界の中で、自分という存在の必然性というものがどれくらいあるのだろうかと自問する日々が続いた。昔から考えていた自分にしかできない、自分が表現できる音楽を探したいという思いが募った。そんな時に出会ったのが、あるピアニストから勧められて聞いたタンゴの革命児アストル・ピアソラの曲だった。タンゴをベースにジャズやクラッシックの要素が取り入れられており、ジャンルを超えたピアソラ独自の音楽ともいうべきものに触れ、枠に囚われていたのは自分自身だったことに初めて気づかされた。

 「ああいう音楽の探求の仕方に憧れたんです。自分の一番心に響くものを探求していくという、そういう道に憧れたのが今回の一番大きなきっかけとなったんです」

 音楽家として後世に何を残していくのだろうか。「これから自分のアートや音楽を追求していく若い世代の人に、越境して創作することで生まれる飛翔感や可能性を見出すヒントになってもらえたら嬉しいですね」。(三浦良一記者、写真も)

ジャンル超えた総合芸術

音楽の可能性広げる新たな挑戦

 バイオリニスト/作曲家の川井郁子が率いる和楽器と西洋楽器の混合オーケストラ「響(ひびき)」による初の海外公演「イースト・ミーツ・ウエスト」が、9月9日午後7時から、コロンバスサークルにあるジャズ・アット・リンカーンセンター内ローズホールで開催された。北斎の浮世絵や桜、能など、最新の映像技術(ホログラム)を駆使した演出により、音楽とダイナミックな立体映像が壮大なロマンを演出するコンサートとなった。

 オーケストラ響は、川井が自身のライフワークである越境を体現するオーケストラとして設立したプロジェクト。日本を代表する若手和楽器演奏家たちと現地のオーケストラによる越境のコラボレーションにより、音楽が持つ新しい可能性を広げる新たな存在として注目されている。川井のオリジナリティ溢れる音楽性は、日本人の根底に流れる和楽器の音色と世界的に広く馴染みのある西洋楽器のオーケストラを融合させ、国境やジャンルといったあらゆる垣根を越境し会場を魅了した。出演は川井郁子(バイオリン、作曲、編曲、プロデュース)のほか、和楽器(篠笛、尺八、琴、琵琶、小鼓、笙、ひちりき、和太鼓)、NYフェスティバルオーケストラ、The Ukrainian Chorus Dumka of New Yorkを迎え、国境を越えた平和の響きで祈りを捧げた。会場を唸らせた舞台映像は、上田大樹氏が手がけた。 

 日本からツアーを組み大勢のファンをNYに連れて来て、公演後のパーティーで祝辞を述べて乾杯の音頭をとったデヴィ夫人