ヤンキースタジアムが祝福
力よりも技、技よりも心を大切にする「人間空手」をモットーに米国で40支部、日本国内30支部を含め世界120支部を持つ空手道場「誠道塾」が創立50周年を迎え、12日ニューヨークのヤンキースタジアムで祝賀披露アナウンスが行われた。ニューヨーク総領事の片平聡大使が参列して50周年を祝った。
道場の創設者、中村忠氏(84)は、極真空手の大山道場の代表として1966年にニューヨーク市ブルックリンで指導を始めた。中村氏の活躍は劇画『空手バカ一代』(梶原一騎・原作、つのだ・じろう、影丸譲也・作画)でも紹介している。
中村氏はアメリカ各地の他にも、南米・ヨーロッパ・ニュージーランドへも行き、現地門下生の指導や演武を行った。71年に極真空手北米本部を設置し、初代北米委員長に任命される。76年に極真会館を離れ、世界誠道空手道連盟誠道塾を設立した。
中村氏は、1942年2月22日生まれ。段位は十段。樺太真岡郡真岡町(現在のロシア極東連邦管区サハリン州ホルムスク)出身。駒場東邦高校一期生。1965年に日本大学理工学部建築学科を卒業後、初代首席師範に任命される。
現在はマジソンスクエアに近い本部マンハッタン校の道場と、ウエストチェスターの浄心本山道場を持ち、二代目の彰氏と長女の繋師・めぐみさんと共に人間空手の普及に今も努めている。
(写真上)祝福される左から中村会長、めぐみさん、彰さん、片平大使 (12日、ヤンキースタジアムで、撮影・三浦良一)
「人間空手」次世代へ
誠道塾創立50周年


今年創立50周年を迎えた誠道塾の創設者、中村忠さんは、極真空手の代表として1964年にタイ王国へ遠征した。ルンピニー・スタジアムでムエタイ選手とムエタイルールで対戦し、2ラウンドKO勝利した。生きる伝説とも言われる「世界誠道空手道連盟誠道塾」の創設者、中村会長のこの活躍を機に、日本ではキックボクシングが一大ブームとなった。当時活躍したキックボクサーの沢村忠(ミドル級王座、故人)は、中村会長の強さにあやかりリングネームをもらったというエピソードがある。
極真空手の大山倍達氏は中村さんを「将来の後継者に」と考えていたようで、中村さんが極真会館を去った時には日本と世界の極真関係者への激震は多大なものであったという。中村さんが1988年に出版した自著『人間空手』(主婦の友社)では「今思うと大山館長の生徒を育てる愛情と情熱、親しみやすく素朴な面、頭が良くて努力家、夢をたくさん語る事、など僕が影響を受けたり、見習わなくてはならない事が随分あります」と回顧している。
創立50周年について中村会長に聞いた。(関連記事1面に)
本紙=50年を振り返って、アメリカにおける自分の空手人生について思うことがあれば、聞かせてください
中村「強さを一番重要であるとした流派から離れ、誰もが学べ、人生を豊かにして強い精神を養う空手を教え始めて50年が経ちました。数多くの素晴らしい生徒が生まれ、各所で奉仕をして空手を教えています。私が目指した真の空手道が浸透したという感慨深いものがあります」
本紙=現在のお弟子さんは世界にどれだけいるのですか?
中村「世界にどれだけ弟子がいるのは、はっきりとは判りませんが、黒帯を取った生徒数は全世界で優に1万人は超えていると思います。それに加えて、70歳、80歳を超えても続けている生徒が大勢いることも私の自慢です」
本紙=今後の道場を次世代に繋ぐにあたり、一番心がけていってもらいたいことは何でしょうか?
中村「二代目、彰は、子供の頃から私の空手の弟子達の稽古風景を見て十分理解をしております。彼も道場で指導を始めて30年以上経ちました。時折、私より日本人の精神を持って物事を貫いている時があり、実に頼もしく誇りに思っております。常に誠の心を持って人間空手を指導してくれると信じています」
本紙=「人間空手」の精神は、これまでどのようにアメリカで、ニューヨークで貢献してきましたか?
中村「先にも述べたように、生徒が各々の意思を持って恵まれない人達のために貢献しています。ニューヨークだけでなく、日本、ヨーロッパ、イスラエル、ニュージーランド、オーストラリア、アフリカ南半球の国々の支部でも空手を通して社会に貢献しております。こうすることでも、彼らの人生を豊かにし、生きがいとなっているので嬉しく思っています。50年余り私を信じ稽古に励んでくれた生徒達に深く感謝の意を表したいと思います」。

