広島、長崎、原爆投下から81年  NYで平和の集い

 広島への原爆投下から81年を迎えた8月5日(日本時間6日)、「NYインターフェイス平和の集い」が、マンハッタンの39丁目にある立正佼成会センターで開催された。NY平和ファンデーション(代表・中垣顕実法師)が主催し、宗教や宗派を超えて広島・長崎への原爆投下を追悼し、平和を祈念する毎年恒例のイベントで、今回で33回目を迎えた。

(写真上)マンハッタンの立正佼成会センターで開催された平和の集い

 集いではヒンズー教からグル・ディリープジ氏(ワールド・ヨガ・コミュニティー創設者)、ユダヤ教からピーター・ロジーナ氏(デジタル投影アート「ピース・ライツ」制作者)、仏教からはジェームス・リンチ教会長と飯村匡由氏(立正佼成会ニューヨーク教会)が、平和のためのメッセージと祈りを捧げた。ネットを通じて広島平和記念式典の様子が上映され、原爆投下時刻の午後7時15分(日本時間8時15分)に参加者全員で黙祷を捧げた。

 続いてニューヨーク広島会の古本武司名誉会長とニューヨーク長崎県人会の木下信義会長の講演が行われた。

 古本さんは太平洋戦争中に強制収容所で生まれ、戦後、原爆で焼け野原となった広島で育った。10歳で米国に戻り、1970年にベトナム戦争に従軍。帰還後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされた経歴を持つ。講演で古本さんは2016年のオバマ米大統領(当時)の広島訪問に触れ、大統領の演説後に多くの人々が笑顔を見せた光景が忘れられないと振り返った。また、小学校で戦争と平和について話した際、子供たちから「友達になることが平和につながる」との答えがあったことを紹介。「戦争は非常に残酷であり、平和がいかに尊いかを知ることが大切だ」と平和教育の必要性を訴え、世界に平和を広げていこうと呼びかけた。

 木下さんは、12歳で長崎原爆を体験した父親の記憶を紹介した。父親は原爆投下直後、学校の窓ガラスが一斉に割れ、近くの校庭に重傷者が並べられる光景を目撃。多くが治療を受けられないまま亡くなり、遺体の臭いを生涯忘れられなかったという。その父親も4年前に89歳で死去。木下さんは、被爆者が減るなか、被爆二世には体験を若い世代へ伝える使命があると強調。核兵器のない世界は待つだけでは実現しないとして、市民一人ひとりが核兵器問題への理解を深め、対話と草の根の行動を通じて核廃絶への社会的合意を広げる必要があると訴えた。 

 集会ではこのほか、核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議の開幕前日の4月26日にマンハッタンで行われた核兵器廃絶を訴える平和行進の様子はじめ、広島出身の若手バイオリニスト安塚かのんさんによる「被爆バイオリン」による演奏、同じく広島出身のミュージシャン原田真二さんのメッセージと歌などがビデオで上映された。

 長崎の日の平和の集いは、原爆が投下された日本時間9日に合わせ、8日にリモートで行われた。

(武末幸繁/文・写真)