帰国を決めた。

ヤズバンド  YAZ 高木靖之

 寒い夜、スタッテン・アイランド・フェリー乗り場にR&Bのサックスが響いていた。乗船ゲートが開くまで、大勢の乗客たちが聞いている。
 ブルックリン在住のヤズ(YAZ)こと高木靖之(55)は、2002年にバンド結成以来、メトロポリタン交通局主催ミュージック・アンダー・ニューヨーク(MUNY)の正式メンバーとしてニューヨークの地下鉄構内で定期的に演奏してきた。ニューヨークとその近郊、地下鉄やクラブで演奏するほか、ニューヨークのFMラジオ番組やケーブルテレビ、リンカーンセンターの屋外コンサートやハーレムの「ミントンズ・プレイハウス」’「アポロシアター」にも出演してきた。

 そんな高木が帰国する。妻の病気療養をきっかけに妻の実家がある北海道札幌市に来年2月に転居することにした。帰国後の演奏活動は未定。日本で稼げるミュージシャンとしてやっていけるのか、演奏する場所はあるのか、考えただけで不安になる。だから考えるのはやめにした。
 高知大学教育学部に入学後、ブラスバンド部に入部して初めてサックスを手にする。その後、軽音楽部に入部、ジャズバンドで先輩から手ほどきを受ける。
大学卒業後、故郷の大阪に帰り社会福祉施設に勤務するかたわら、演奏を続けた。1992年4月、「ニューヨークに来れば何か得られるのではないか」との漠然とした思いを持ってニューヨークにやってきた。2002年、MUNYのオーディションにパスし、ニューヨーク市内の地下鉄駅構内で演奏する許可を取得。その際に結成した自分のバンドYAZBANDで地下鉄構内で定期的に演奏活動を始めた。
 その活動が評価され、05年には日本人として初めてMUNYのオーディションに審査員として参加、その後もほぼ隔年で審査員を務めてきた。「ニューヨークはなんでもやらせてくれた街だった。帰国したら日本版YAZバンドができたらいいですね」そう言ってスピーカーのスイッチを入れた。   (三浦良一記者、写真も)