体験を伝える、NYで広島・長崎平和式典

 妹を背負って火葬場に立つ少年—。写真の前で動かなくなった男性がいた。竹下宏さん(72)。
母親が長崎で原爆に遭い、その2年後に生まれた。小学校3年生ぐらいの時に長崎市立西坂小学校の校庭で花壇を作っていた。土の中からチョコレートのように溶けたビール瓶が何本も出てきた。今でもその時のことを鮮明に覚えている。

 原爆投下から74年目の夏。5日夜、ニューヨークで広島・長崎平和式典が超党派の宗教団体の主催でジャパン・ソサエティーを会場に開催され、多くの日米市民が参加した。式典では松井一實広島市長、田上富久長崎市長からのメッセージが読み上げられた。

パネル展では中沢啓治の被爆体験を元にした漫画『はだしのゲン』も紹介

平和を誓う
ジャパン・ソサエティー会場に

 ニューヨーク平和ファンデーション(中垣顕實代表)は5日夜、ジャパン・ソサエティーで広島・長崎の原爆式典「平和の集い」を開催した(1面に記事)。日本の原爆投下時間の8月6日午前8時15分に合わせ米東部時間の5日午後7時15分、平和の鐘を鳴らした。
 この集会は、さまざまな宗教の壁を超え、米国人と日本人が共に集まり、広島・長崎の悲劇を繰り返さないようにと平和を共に祈念する式典。今回で26回目となる。
 川村泰久国連特命全権大使次席常駐代表が登壇し「唯一の被爆国として日本は『核なき世界』を実現するため努力する義務がある。核兵器の非人道性について将来の世代に伝えていくことも日本の大事な役割。広島・長崎の悲劇は決して繰り返されてはならない」とスピーチした。被爆者でニューヨーク州在住のウエスト森本富子さんの証言やグローバル・セキュリティー・インスティチュート会長であるジョナサン・グラノフさんの基調講演があった。また、ニューヨークからはジャズピアニストの秋吉敏子、サックス奏者のルー・タバキン、ブルックリン・インターデノミネーショナル・クアイア、風の環少年少女合唱団、天理雅楽が、日本からはやまと舞のやまとふみこ、ダンサーの那須シズノ、ピアニストの松尾泰伸、 伝動詩人のえいた (瀬川映太)、ミュージシャンのDAIがステージでパフォーマンスを披露した。
 会場となったジャパン・ソサエティー入口付近とロビーで原爆のパネル展が開催された。式典では広島市長と長崎市長からのメッセージが読まれた。(別稿)

松井広島市長
ヒロシマの心世界で共有を

 今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。このような世界情勢を、皆さんはどう受け止めますか。二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が、決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを、私たちは今一度思い出し、人類の存続に向け、理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。
 特に、次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。そして、そのためにも1945年8月6日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。
(中略)
 今、広島市は、約7800の平和首長会議の加盟都市と一緒に、広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。世界中の為政者には、核不拡散条約第6条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。
 こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現に更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。
 本日、被爆74周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和元年(2019年)8月6日 広島市長 松井 一實 

田上長崎市長
小さな行動を大きな前進に

 長崎市民を代表して、原爆の日を追悼する「平和の集い」の主催者の方々に敬意と感謝を表明します。
 1945年、8月9日の午前11時02分、長崎市に原子爆弾が投下され壊滅的な被害を受け、7万4000人が亡くなり、7万5000人が負傷しました。原爆で悲惨な経験をした被爆者の方々を含む長崎市民は、「原爆の悲惨さを他の誰にも経験させてはいけない」と決断しました。「長崎を最後の被爆地にする」ことを目標に、核兵器が無い世界を呼びかけ続けています。
 来年は原爆に遭ってから75年目を迎えます。
現在世界にはまだ1万4000発ほどの核弾頭があり、核兵器を巡る国際情勢は悪化しています。そんな中、市民社会は核兵器の無い社会の現実化へといち早く近づくために協力し合って声を上げるべきです。平和の集いに参加するなどの皆さんの小さな行動でも平和な世界への大きな前進に繋がります。これからも平和の輪を広げ、核兵器のない世界で協力し続けましょう。最後に、「平和の集い」のご成功、皆さんの健康と幸福を心から願っています。
2019年8月5日 長崎市長 田上富久 

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