森大使の始球式やらず
ニューヨーク・メッツの球場シティフィールドで13日夕開催が予定されていたニューヨーク総領事、森美樹夫大使による試合前の始球式が、球団側の不手際でマウンドでの投球直前に実施されないという前代未聞のパプニングが起こった。この日は、翌日に控えたマンハッタンで開催されるジャパン・パレードの前宣伝の前夜祭として球場で「ジャパン・ナイト」が開催され、観客入場となった午後5時10分から日の丸の入った特製野球帽がチケット購入者1500人にスタンドで配布されるなど盛り上がりムードは満点。多くの日本人がジャパン・ナイトの式典と始球式を楽しみに球場に詰めかけていた。
4万人が入った球場で試合前に大型スクリーンでメッツに在籍した新庄日本ハム監督とヤンキースの元選手だった松井秀喜さん、バレンタイン元ロッテ監督がアップで映し出され、それぞれジャパン・パレードを観客にPRする録画の動画メッセージを贈った。グラウンドに並んだ森大使、佐藤貢司ニューヨーク日系人会会長、スキ・ポーツ日系人会理事、パレードマーシャルでジャパンデー・インクプレジデントの上田淳住友信託銀行NY支店長、パレードに参加するセーラームーンや落語家の桂三輝が大型スクリーンに大きく映し出されて紹介された。観客席にはスーザン大沼、ゲリー森脇両元日系人会会長、ジョシュア・ウオーカー・ジャパン・ソサエティー理事長ら日系団体関係者や日本企業関係者ら大勢がスタンドで見守っていた。
始球式は、午後7時プレーボールとなる対マリナーズ戦を前に午後6時50分から始まる予定だったが、メッツの選手たちが球場に入ってくるのが遅れた。この間、森大使は投球フォームを時折しながら1塁側で球場職員と待機。そして7時を過ぎて急に雨が降り出した。かなりの強い土砂降りに、塁審がホームベース前に集まり協議を始めた。この間も雨は降り続けたが、メッツの選手たちが一斉にグラウンドに出てきて、ピッチャーが投球練習を始めた。審判が解散して試合がスタートすることになり、球団関係者の合図で森大使はマウンドへ。場内アナウンスで森大使の名前が大きくアナウンスされると森大使も観客席に手を振って声援に応えた。しかしメッツの投手は大使には目もくれずに投球練習を続けた。グラウンドの外からは投手が投球の手本を森大使に示しているように見えなくもなかった。そしていよいよかという時に、球場のスタッフから大声で「グラウンドから出て!」と叫ぶ声が大使に相次いで発せられ、式典参列者たちも、スタッフたちから追い立てられるようにグラウンドから出され始めた。大使も異変に気づき、鳩が豆鉄砲を喰らったようにマウンドから走って降りてきて「一体何が? どうして?」と問う間もなく、有無を言わせずスタンドの階段から球場内部の建物に出された。
総領事館の担当領事が球団職員に「どうなっているのか」と詰め寄ると「メッツの選手が遅れて、テレビ放映時刻の午後7時10分になったので、選手以外はグラウンドから出なくてはならなかった」と説明した。「選手たちは今日、試合前に始球式があることを知っていたのか」との質問に「選手たちは自分の試合のことで頭がいっぱいで知らない」と答えた。試合前に一瞬スコールのように降った雨が予定外の審判の協議で始球式用の時間に食いこんでしまったのも禍いした。
「でも始球式は一瞬のこと。5秒もあればできること。30分以上グラウンドで待たせている時間があったのになぜ早くやらなかったのか」と疑問の声が報道関係者からも上がった。日系団体関係者からは「始球式をする契約のために、少なからぬお金を払っている。一体どうするつもりか」と憤りの声も出た。現場で総領事館との対応窓口となっていた球団側アジア販売担当のヤング・チョイさんは、球団内でミスコミュニケーションがあったことをその場で認めた。
翌日、メッツ側から正式にニューヨーク日本総領事館に「私たちは今夜の始球式のタイミングとプロセスを混乱させるいくつかの内部的問題を抱えていました。このような行き違いがあったことをお詫びし、現在、将来の試合で大使がセレモニアルピッチを投げるよう働きかけています」との謝罪の連絡があった。
関係者からは「ジャパンパレード宣伝のためのジャパン・ナイトだったので、関係ない時に大使が出て行って始球式をしても意味がない。来年か次回のジャパン・ナイトに向けたクレジットとして将来必要な時に使わせてもらうのが得策なのでは」との意見もあった。
森大使は「硬球を握るのは実は初めてで、練習すればするほど球が外れることが分かった。マウンドで投げて大暴投する心配がなくなって正直ホッとしている。次回といっても、もう練習するのはいいかな」とコメントし「このことがジャパンパレードに影響しないように心がけた」と翌日、パレード会場で語った。
(写真)大使を横に投球練習するメッツの投手 (13日午後7時9分、シティフィールドで、写真・三浦良一)