戦後ララ物資送った NY日系人会の歴史

ドキュメンタリー上映会4月5日1PM

 ニューヨーク日系人会は4月5日(日)午後1時から歴史ドキュメンタリー上映会を開催する。

 第1部はNY日系人会の礎を築いた人物「輝ける星」高見豊彦医師の軌跡、第2部はララ(LARA)物資に託した思い。NY日本人による祖国救済の記録と記憶。第一部、第2部制作統括は映像プロデューサーの青松伴晃氏が日系人会が所有する膨大な資料を丹念に精査して結実させ、第二部は、立教大学の西田恵子教授監修により、人道支援の実態が学術的にも極めて高い精度で描き出されている。本作について、NY日系人会事務局長の野田美知代氏は「この作品は、私たちが未来へ語り継ぐべき『公的な記録』です。この大切な記録を皆様と分かち合えることを祈っております」と語っている。入場料無料。後援・協力・ニューヨーク日系人会。

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 ニューヨーク日系人会は明治40年(1907年)医師・高見豊彦博士が「日本人墓地の購入と日本人の相互扶助」を呼びかけ設立した「日本人共済会」を基盤にしている。その後、ニューヨークの日本人社会では在留邦人の公共機関の必要性から14年に高峰譲吉博士を会長として、高見豊彦博士が副会長の一員となり「紐育日本人会」が設立され、「日本人共済会」と合併した。1941年の日米開戦で米国政府に解体・凍結されるまで、当地邦人の唯一の統一団体として活動してきた。

 終戦直後「日本救援準備委員会」を設立、46年「日本救援紐育委員会」を発足して、敗戦下の日本の窮状を救うため「故国同胞を金品を以って支援す」を目的に、ララ (LARA-Licensed Agency for Relief in Asia) を通じて、295トンにも上る粉ミルクや粉卵、綿布などの物資を当時の価格で16万ドル相当分を5年間にわたって送り続けた。その後、日本の復興と共に、「祖国救援」から「当地在住日系人・日本人の福祉向上と相互扶助」へとその目的を移し、会の福祉対象は戦後「東海岸地区に移住してきた戦時強制収用されていた日系人」および「ビジネス、学術研究などの目的で渡米した日本人」へと移り変わった。1950年11月に名称を現在の「ニューヨーク日系人会」と改名した。