バイデン政権と日米関係を考える

あめりか時評閑話休題 冷泉彰彦

 日本の世論の一部には、バイデン政権になると米中関係が改善する反面、日本は通過の憂き目に会う(ジャパン・パッシング)という懸念があるようだが、この点については心配は無用であろう。例えば1月に外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』に掲載されたバイデン氏の外交ドクトリン「アメリカが世界を主導すべき理由」では、改めて自由世界における同盟関係の再構築を行うとしており、その中では日本との関係改善にも言及がされている。また、8月にヴァーチャル開催された民主党大会では、バイデン氏を紹介するビデオの中で安倍総理(当時)が2回も登場している。1回はバイデン氏との和気藹々とした会談風景であり、もう1回はG7において自由貿易を否定するトランプ大統領に対して安倍氏をはじめとした各国首脳が翻意を迫った場面であった。一方の共和党大会では、トランプ大統領の長男と交際中の政治コンサルタント、キンバリー・ギルフォイル氏が通商問題で日本を激しく敵視していたのであるから、好対照と言ってもいい。

 そんなわけで、バイデン政権発足による日米二国間関係については懸念材料は比較的少ない。一つ大きな課題としては環境政策の転換という問題がある。この点では、エネルギー政策の関連で、二酸化炭素排出の大幅削減、とりわけ脱石炭を加速する必要はあるが、こちらは菅総理として精一杯の先手を打っている。

 その一方で、日米間の難しい課題となるのは日米中の三か国関係だ。こちらは、日米が連携して細心の注意を払って進める必要がある。新政権の外交チームが決まり次第、日本側としてはその前から意識して取り組むべきだ。バイデン氏の当確が決まった後、比較的早いタイミングで菅総理が祝意を表明した背景には、この問題があると想像できる。

 バイデン政権の対中政策は基本的に単純だ。それはできるだけオバマ時代に戻すということだ。米中を太い軸とした国際サプライチェーンについては、米民主党内にもある保護主義には配慮しつつも、できるだけ再建の方向である。また、トランプ政権がブチ上げた「ペンス・ドクトリン」、つまり安全保障や人権問題を通商交渉の材料にする政策は、一旦破棄されるであろう。

 こうした政策は、そのまま日本の国益に適う。中国は確かに新型コロナの発生地かもしれないが、世界の経済大国の中で唯一新型コロナの制圧に成功し、100%の経済活動再開を実現している経済圏でもある。ポストコロナの経済再建には、アメリカにも、そしてそれ以上に日本にも、中国という生産拠点と市場は必要不可欠だ。

 問題は、トランプ政権が去ったからといって、日米中関係の全てを2016年以前に戻すことはできないということだ。一つは人権や軍事問題だが、これは習近平政権の権力集中という問題と表裏一体の関係にある。コロナ後の経済の落ち込みを回復させつつ、競争力を失ったゾンビ企業や生産設備を処分してゆく、また各地の地方政府の汚職を根絶してゆく、こうした課題を抱える習近平政権は、どうしても国内求心力の維持に腐心せざるを得ない。強硬姿勢の背景にはこの点がある。これに対して日米は、批判すべきは批判しつつ、理解すべきは理解して行かねばならない。中国の動揺は、世界経済の動揺に直結するからだ。

 また5G関連機器の製造技術や、EV(電気自動車)とAV(自動運転車)の分野では、中国企業によるイノベーションがある臨界点を越えてしまうと日米とは共存共栄関係から厳しい対立関係に転じてしまう。この部分をどう見極め、どのように日米が連携を取って中国に対して正しいメッセージを送るかは、そう簡単ではない。

 オバマ外交への回帰ということでは、例えばバイデン氏には長崎への献花を是非していただきたいし、日本側からは菅総理だけでなく今の両陛下が真珠湾献花へと赴かれることも期待したい。だが、その前に日米中の三か国関係をいかに安定させるか、問われているのは日米両国の緻密な政策構想力である。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)