中央アジアの青い古都

ウズベキスタン・サマルカンド

 シルクロードにロマンを感じる人は多い。駱駝を連れたキャラバンが、東西から売れそうなものをそれぞれ持ち合って利益を手にし、危険もあった砂漠の旅で疲れた体を商隊宿で休ませ、チャイハナ(お茶を飲む場所)で情報交換をした頃、サマルカンドはシルクロード交易の中心地で一時人口は世界最大だったが、1991年ソ連崩壊により独立した現在は青いタイルが美しい静かな古都。モスクや神学校に散りばめられた幾何学模様の下に土産物屋が並んでいる。「チンギス・ハーンは破壊して、ティムールは建設した」と言われている通り、サマルカンドは1220年にチンギス率いるモンゴル軍によって破壊され、150年後に地元出身のティムールが繁栄をもたらした。ティムールの棺があるグーリ・アミール廟はインドのタージ・マハルをはじめとするムガール建築の礎となった。

 ウズベキスタンの人口の95%以上がイスラム教徒だが、道端で膝まずき祈る人やヒジャブを着けている女性は見かけない。酒や豚肉も解禁で、イスラム教の町ならば日に何度も聞こえてくるアザーン(礼拝の呼びかけ)が聞こえない。苦情が多くて音を小さくしているそう。言語はウズベク語、タジク語、テュルク語、ペルシャ語、ロシア語で、私には地元の人々の会話が何一つ解らず、標識や店の看板が全てお洒落な模様にしか見えなかった。滞在したゲストハウスのオーナーは、タクシーの運転手をしていたが、半年前に弟と観光ビジネスに打って出た。「ウズベキスタンの人々の平均月収は100ドルから200ドル、医者で300ドルです」と、オーナーは携帯の翻訳機能を使って話した(2019年の個人GDPは2459ドル、前年より約500ドル上昇)。

 イスラム圏の公衆浴場ハマム(トルコ式風呂)は庶民の憩いの場。大理石の床暖房で室内は暖かく、お湯を洗面器に汲んで使用する。日本の銭湯から浴槽と鏡を除いて、数カ所のお湯汲み場を共用する感じだ。別料金を払うと中央にある暖かい大理石の台の上で身体を洗ってくれる。入浴料約1ドル、身体洗い約4ドル。市民の生活が伺える場所は楽しい。バザールにも毎日のように通った。ウズベキスタンのメロンはすごいと何処かで読んだのを思い出し、約3ドルでずっしりと重いメロンを買い、宿で切ってもらった。芳醇なメロンだった。

 ビービー・ハヌム・モスクを見ながら、大学で英語を教える歴史観光ガイドのディルノザさんは解説した。「ハヌムは夫人、ビービーは尊敬するという意味です。英雄ティムールの第1夫人で、夫人の中で一番年上でした。子供は産みませんでしたが、他の子供たちの教育係であり、ティムールに最も愛されました。このモスクの建設中、遠征に出かけたティムールに留守中のモスク建設の指揮を任されました。ところが、ビービー・ハヌムの虜になった建築家が頬にキスさせてくれないと工事をすすめないと言いました。ティムールが戻る前に完成させたいビービー・ハヌムは、卵2つにそれぞれ色を塗り、外見は違っても中身は同じと建築家を諭しました。すると建築家は2つのワイングラスを用意して、1つにはワイン色のついた水を、もう1つにはワインを入れて、1つは何も感じさせないが、もう一つは私を酔わせる」。この話しには別バージョンもある。建築家が頬のキスをおねだりするまでは同じだが、こちらのストーリーではビービー・ハヌムが工事を進めるためにキスを許す。ところがそのキスマークが痣になってしまい、帰還したティムールがそれに気づいて彼女をモスクの塔から突き落としてしまうというもの。

 夕暮れ時のシルクロード、まばらな通行人。シャシュリーク(串焼き肉)とサラダの夕食に行く途中だった。閉店後のパン屋さんの店先にナンと言う、直径約25センチの円盤型パンが袋に入って何個か置いてあった。「どうぞお持ちください」という事らしい。雑貨店の小さな明かりに照らされてバナナが並んでいた。一房買うと小さな子供を抱えた美しい顔の若い母親は、お金を握った手を胸の前に合わせ無言で頭を何度もペコリと下げた。バナナ1本がナンを3個買える値段。バナナは嗜好品なのだろうか。日本でも平均月収が1万円だった昭和30年、バナナ一房250円だったとか。ゲストハウスに戻ると、門前の地面に女性と小さな娘が座り、袋に手を入れてパウンドケーキのような物を2人で静かにたべていた。側には初老の男性も立っている。ゲストハウスでもジプシーに食べ物を無料提供しているのだ。

 帰国前日アフラシャブ遺跡に行った。考古学上は価値があるけど、私にとってはデコボコした広い空き地。そこに立って悠久の歴史に思いを馳せた。ソ連時代の置き土産のクリスマスツリーを道路に飾り、神学校の外壁にイスラム教では御法度の人の顔をモザイクで描いたウズベキスタンの人々。違いを受け入れる宗教観が日本と似ている気がする。帰国後ディルノザさんがサマルカンドの銘菓ハルヴァを送ってくれた。届くまでに2か月以上かかった。現在でも砂漠の時間はゆったりと流れているのだった。 (山本真由美)