古代からの薬草を学ぶ旅、神話の里・島根県出雲

 私の故郷は出雲大社で知られる「神話の里」島根県である。松江市は今年、松江藩七代藩主で茶人としても名高い松平不昧公 (松平治郷) 没後200年を祝う不昧公200年祭、そして 370年の歴史を持ち10年に一度執り行われる城山稲荷神社式年神幸祭、通称ホーランエンヤと呼ばれる舟神事が開催されるなど、記念すべき行事で賑わいを見せている。
 ニューヨークに来て20年来初めて、今年は春に帰国して花見を堪能できた。そして出雲市にある荒神谷(こうじんだに)博物館での「古代出雲薬草展示会」を見て来た。
 荒神谷博物館は、古代史資料を豊富に抱える歴史博物館である。荒神谷遺跡から膨大な青銅器が発見されたのは1983年。それまでの日本史では、出雲神話は絵空事であると歴史家に無視されてきたが、それを根底から覆すほどの衝撃を与えた発見だった。同博物館は、この遺跡からの出土品を展示する目的で、遺跡の隣に建設された。
 そんな古代ロマンあふれる博物館での古代出雲薬草展示会は、同館PR担当の前田みのりさん、出雲大社間近の民家で「ベジカフェまないな」を営む須田ひとみさんと自営業の岩成桜さんの3人からなる古代出雲薬草探究会(2016年発足)が企画した。私はアメリカで薬草の勉強をしたので、アメリカで入手可能な植物については学んでいるが、日本に自生する植物については不案内であり、地元にどんな植物が育つのかを知る意味でも興味深い展示内容だった。加えて、神官である祖父を持つ私は、幼い頃から神道、出雲神話や古代出雲の歴史を特別なものと感じてきたため、その意味でもぜひ押さえておきたい情報だった。
 会場には13種の薬草が可愛らしいイラストと共に展示されていた。ハス、クズ、ハトムギ、ウメ、アカマツ、ツバキ…日本人に馴染みのある薬草だ。薬草探究会によると、これらの薬草は『出雲国風土記』に書かれた「出雲」に自生していた草木だという。風土記は地方風土や地勢等を記録した奈良時代の史書だ。当初60余りの風土記があったとされるが、『出雲国風土記』は唯一、完全な形で現存していることで知られる。
 薬草探究会の基本理念は、風土記記載の65種(全115種)の薬草に焦点を当て、それを広め薬草と共にある生活の提案をしていくこと。そうすることで地元の文化財を後世に伝えていきたいという。「古代、出雲は『医薬の国』でありました」(『古代出雲の薬草文化』出帆新社)と記されるように、出雲国と薬草は切っても切れない密接な関係があるようだ。
 医薬やまじないの神スクナヒコナが出雲大社の御祭神オオクニヌシと共に国造り(農業、医術、社会の基礎を築くこと)をし、医薬の礎を築いたとされる。『古事記』では、出雲神話の中でガマの穂(Cattail)を用いて傷を治した(因幡の白兎神話)、貝粉や貝汁で火傷の手当てをする(大国主の神話)など、薬を使う下りが記されている。更に、日本最古の医学書『大同類聚方』は日本独自の医薬処方集であるが、出雲神々や出雲国造(イズモノクニノミヤツコ=出雲国を統治した一族)らの伝承薬が100方以上記載されているという。
 薬草探究会は、この『大同類聚方』と『医心方』(イシンホウ=現存する日本最古の医学書)から見た出雲の薬草という観点からも研究を続けている。昨年は著名な歴史学博士や漢方医を招き、そのテーマに基づいたシンポジウムを開いた。そして今年は前述のベジタリアンカフェ内に古代出雲薬草展示室を開設させた。「ぜひ足を運んで、出雲の薬草のことを知ってほしい。そして香りを楽しみ、食事、セルフケアといった養生法を生活に取り入れ、身近に感じてもらいたい」と前田さん。イチオシの薬草は、ハス、クズ、ヤマモモ、マコモとのこと。ハスには非常に高い抗酸化作用があることが判明、クズは葛根と言う生薬名で知られる通り根の部分を使うことがハーバリズム界では知られているが、葉にも血流促進効果があるとのことで出雲地方で商品開発が進められている。ヤマモモの実は、ビタミンCを豊富に含み、抗酸化作用によるアンチエイジングへの効果もある。出雲市多伎町で作られているジャムやお茶は土産物としても喜ばれる名産品だ。また、マコモはあまり知られていない植物だが、「マコモ神事」があるほど出雲大社・神話とマコモは密接な関係にあるそうだ。薬草探究会は植物生態観察に始まり、調理や染物など家仕事としての植物活用法を伝えるなど積極的に活動してきたが、今後の更なる展開に期待したい。次の帰国の際に新たな和の薬草の話を聞けそうで今から楽しみである。
 展示会で配布されたパンフレットに書かれたフレーズ『草で楽になる、草を楽しむと書いて「薬」です』。ハーバリストである自分の原点に戻らされたような気持ちになった。今回は比較的長期に里帰りでき、知り尽くしていると思い込んでいた故郷で、新しい発見と出くわす機会が多く、その都度ワクワクさせられた。(浅野祥子/NY在住ハーバリスト)www.herbarhythm.com