初めての南半球

ジャズピアニスト浅井岳史のオーストラリア旅日記(1)

 今年(2018年)は海外ツアーの多い年である。夏のロンドン、パリ、南フランスに続き、秋はオーストラリアに出かけることになった。NYからだと地球の裏側に当たるこの国はあまりにも遠く、それゆえ馴染みは薄いのであるが、まことに幸運な事に、かの地に住むソルボンヌ大学の博士号を持つスカラーが私の音楽の大ファンになってくれ、メルボルンで私のコンサートを企画してくれるとの誘いをいただいた。元々はフランス繋がりだったと思うが、詩人でもある彼は事あるごとに私の音楽や私の言葉に詩を書いてくれていた。もちろん、それは私の宝物になっている。
 9月25日午後、飛行機が飛ぶかどうかも心配な豪雨のなか、私たちはLyftでJFKに出発した。生まれて初めてのオーストラリア、生まれて初めての南半球、生まれて初めてのカンタス航空である。昔見たトム・クルーズとダスティン・ホフマンの映画「レインマン」で、「最も事故を起こしていない航空会社はカンタスだ」というシーンが蘇る。天候のせいで時間がかかったが、なんとかJFKに到着。だがカンタスのチェックインカウンターで「ビザはあるか?」と聞かれた。まさか。最悪の場合入国できないことも覚悟したが、「大丈夫、今から申請すれば」と係員がその場でオンラインで申請し、10分ほどでビザが発行された。あの心配は何だったんだ(笑)。
 豪雨のおかげか飛行機がなかなか飛び立たず、1時間半も機内で待機。乗り継ぎが無事にできるか不安になったが、なんとか飛び立った。映画を数本見て6時間後にLAに到着。すでにパリに行くのと同じフライト時間を過ごしたが、ここからメルボルンまではさらに14時間、私の経験したなかで最も長いフライトである。そもそも火曜日にNYを出て、現地に着くのは木曜日。そして金曜日が最初のコンサートである。
LAの空港では、メルボルン行きの便がNYから遅れて到着した私たちを待っていてくれた。走ってゲートに行くと「Asaiか」と聞かれた。私たちは最後の搭乗客であった。で、14時間。寝られずにひたすら映画をみた。映画に飽きた頃、隣の乗客と会話が始まった。シアトルに住んでいるアメリカ人だが、メルボルンに数年住んでビジネスをしていたという。かなりの音楽好きで、すぐさま私のことをGoogleして探してくれ、メルボルンの演奏に来てくれると言ってくれた。旅の出会いは嬉しい。
 永遠とも思われる飛行時間の後、私たちはメルボルンに着く。ほとんど寝ていない目に太陽は眩しい。空港でコーヒーをオーダーしたら「ヨノーム?」Your nameのことだな。初めて聞く生きたオーストラリア英語であった。ソルボンヌのピーターが迎えに来てくれた。タクシーでメルボルンの街へ。
 目の前にはまるでカリフォルニア郊外のように赤茶けた大地が広がる。街に入った。さすが英国連邦、この夏に行ったロンドンを思わせる街並みが美しい。なんと桜が咲いている。9月ー6=3月、今は北半球でいう3月で、ちょうど桜が開花する時期なのだ。
 ホテルは、3つのコンサートのうち2つの会場に歩いて行けるようにアップタウンの長期滞在用のアパートメントホテルを取った。スタッフが親切で、ありがたいことに昼前なのにチェックインさせてくれた。体内時計はもう何時なのかさっぱりわからないが、ランチを食べに街へ出る。ホテルの周りの街は古くて埃っぽいが、よく見るとヴィクトリア様式の鉄の屋根飾りが一様に施されている。ホテルの横には郵便局があり、そこにはEiiRと刻んである。エリザベス2世のことである。さすが英連邦、アメリカではない。通りには路面電車が走り、子供の頃の日本にタイムスリップをしたようにも思う。
 人々は中国系が人口の半分を占めているように見える。かつては人種差別政策が敷かれていたはずであるが今はインド、中国、ベトナムやネパールなどアジアからの移民が多く人口がどんどん増えているブームタウンだそうで、地価も軒並み上がっているという。かつてはたくさんの日本の移民もいたらしい。
 もちろんイタリアンも多く、イタリアンレストランにも事欠かない。目抜き通りはたいそうお洒落でどの店もすごく良さそうだ。悩んだ挙句、ベトナム系の餃子屋へ。美味い。
 食後は花見。公園には綺麗な桜が咲いていた。夏には暑くなるのであろう、見慣れない植物も生えている。NYはメランコリックな秋であったのがここは春、何やら全てが始まるような躍動感がある。が、私たちは20時間以上のフライトで地球の裏側からやって来ただけあって非常に眠い。今寝たらダメだと言い聞かせながらも、ホテルに戻ってベッドの上に横になった瞬間眠りに落ちてしまった。そこからたっぷり寝てしまい、目が冷めると夜中の12時であった(涙)。時差ボケは辛い。明日(もう今日である)のコンサート、大丈夫かなぁ(笑)。(浅井岳史/ピアニスト&作曲家)www.takeshiasai.com