米社交会を魅了した日本人画家

デイヴィー美代子・編著

吉備人出版・刊

 ニューヨークで活躍した日本人芸術家と言うと、イサム・ノグチ、草間彌生、国吉康雄の名前はすぐに浮かぶだろう。しかし、その国吉と同じ時代の20世紀の初頭、岡山から海を越えアメリカ社会で成功をおさめた画家がいたことは、故郷の岡山でも、日本でもあまり知られていない。肖像画家・犬飼恭平だ。この作家の絵が偶然、ニューヨーク在住の日本人コレクターの目にとまり、魅了されたそのコレクターによって、いくつかの作品と自伝がみつかった。その犬飼の作品群と歴史を掘り起こしたのは、マンハッタンに住む美代子デイヴィーさん(89)と夫のジョン・デイヴィーさん(故人)だ。本書は、犬飼の作品と詳細な年譜、犬飼の自伝『異教徒の告白』を収録している。「肖像画では当時『マダムXの肖像』(メトロポリタン美術館所蔵)で知られる、ジョン・シンガー・サージェント(1925年没)が大活躍していましたが、彼の死後は、犬飼が当代切っての売れっ子肖像画家として活躍したんです」と美代子さんは、セントラルパークを見下ろす居間に飾られている犬飼の絵の前で語った。

 本書には、これまで日本でほとんど知られなかった犬飼恭平の作品や人生が明らかにされている。

 犬飼恭平は、1886(明治19)年岡山県都窪郡庄村山地(現在の倉敷市山地)に生まれた。12歳から13歳ころには画家になることを志し、1900(明治33)年14歳のとき従兄犬飼勘太郎とその家族について神戸港からハワイに渡った。17歳でマ ーク・ホプキンス美術学校に最年少で入学。1908年シカゴ美術学校に「霽上がる霧(Clearing Fog)」 出品。また同年シカゴの社交界で知られるルシーン・グデナ ウと婚約。 1942年、56歳のとき回想録「ある異 教徒の告白」の執筆を始め54年没。享年68。当時、海を渡った多くの青年たちがそうであったように犬飼の人生もまたドラマに満ちた生涯だった。

 美代子デイヴィー 美代子・海野さんは、静岡県静岡市出身。1967年来米以来マンハッタン在住。夫のジョン・デイヴィー氏(故人)と共にファンドマネジメント会社「DAVEY&UNNO Inc.」を33年間経営し、現在も資産運用と株のトレーダーを続けている。ジャポニズム作品のコレクターとしても知られ、 2011年に東京の三菱一号館美術館で「Collection Japonism collection 2011」を開催。その後同館の所蔵となる。 ティファニーランプコレクションと犬飼恭平作品コレクションの蒐集家。ダコタハウスのセントラルパークを真下に眺めるリビングの壁に大きな絵を掛けていた跡がいくつも残っていた。10月5日に日本やアジアの作家が並ぶブルックリン美術館200年記念展のために、自宅に所蔵する犬飼作品25点余りの中から大作5点を寄贈したのだと言う。同美術館が仰天歓喜したのは言うまでもない。同書は英語版も出されている。  

 (三浦良一記者、写真も)