元警察官に有罪評決

ジョージ・フロイドさん殺人事件

民主主義の未来

 「私たちはまた息ができるようになった」とジョージ・フロイドの弟がコメントしました。「息ができない」と言いながら殺された兄への言葉です。3週間の公判の2日間10時間の評議の後で、デレク・ショーヴィン被告は第二級殺人など3件全てで有罪となりました。ミネアポリスの現場付近はこの評決を喜ぶ人々で埋まりました。それは従来の黒人運動とは異なり、白人もラテン系もアジア人も含まれる老若男女でした。

 この裁判での決定的な証拠は私たちも何度も見たあのビデオ映像です。10代の女性が撮ったあのスマホ映像がなければ、この事件はここまで全世界の注目を集めることはなかったかもしれません。あれは首を膝で押さえつけられた人間が9分29秒にわたって死んでいく非情なドキュメンタリーでした。この事件はブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動を全米で拡大、再燃させました。

 同運動は2013年にフロリダ州で起きたトレイヴォン・マーティン射殺事件で形成されました。もっと以前にも92年ロサンゼルス暴動のきっかけとなったロドニー・キング事件などがありましたが、フロイド事件までは黒人人権運動の中心はいずれも黒人コミュニティの構成者たちであり、人種的な広がりはあまりありませんでした。

 それを変えたのがミレニアル世代から続くZ世代と呼ばれる現在十代後半から二十代前半に及ぶ若者たちです。フロイド事件をスマホで撮影した女性もこの世代。彼ら彼女らはSNSを通して世界の情報を共有し、それを若者間で拡散して社会的行動につなげています。ちょうどオバマが大統領だった8年間にアメリカの民主主義を学校教育で身をもって享受した世代ですが、ことはアメリカに限りません。

 香港ではスマホ片手のこの世代の若者たちが中国共産党政府からの弾圧への抵抗の中心となりました。ミャンマーでも、クーデターの国軍に殺されても殺されても抗議し続けるのがスマホで連携する若者たちです。少数民族との対立や抗争が続いていたミャンマー国内ですが、若い彼ら彼女らはそんな少数民族弾圧へも民族を超えて反対世論を形成していました。香港でもミャンマーでも、そしてアメリカの若者たちも、守ろうとしているのは市井の人々の自由と人権です。民主主義です。

 日々スマホでSNSでの憎悪の拡散や意趣返しを目にすることも多く、日本では、リアリティ番組に出演した女性プロレスラー木村花さんの自殺もSNSを通じて大量に送りつけられた誹謗中傷が引き金でした。韓国でもネット中傷に自殺するタレントも少なくありませんし、アメリカだってトランプ政権下で育ち上がった陰謀論をもとに罵詈雑言の攻撃が常態化しました。しかし、それらを浄化するのもまたネットを通した新たな善意と友情の波でしかない。

 ジョージ・フロイド事件が炙り出したのは、あのあからさまな警官暴力にさえ無罪評決が出るのではないかと心配される社会、有罪が出て正義が残っていたと喜ばれる司法です。アメリカではその間にも警官による黒人容疑者への過剰暴力や射殺が相次ぎ、相も変わらず銃乱射事件が同時多発のようにあちこちで連続し、そこにコロナ禍ストレスが背景と見られるアジア系住民へのヘイト事案が多発しています。

 それらを完全に是正し癒す処方箋は見つかっていません。けれど「差別はない」「どっちもどっちだ」「銃のせいではない」「中国ウイルスだ」と日々捲し立てる大統領がいなくなった今、民主主義を信じる若い世代が多く育ち上がる未来を、再び期待してもよいような気がしています。(武藤芳治/ジャーナリスト)