その1 第7回十字軍

ジャズピアニスト浅井岳史のエジプト旅日記

 フランス国王ルイ9世が13世紀に起こした第7回十字軍の船隊は、王妃マルガリータ・デュ・プロヴァンスの故郷、南仏のプロヴァンスを出港しエジプトに向かった。塩の産地として有名な南仏の街カマルグには、今もなお、十字軍が出港して行った長方形の砦が残る。私は、そのプロヴァンスから金曜日にNYに戻り、土日の演奏とたった1日のオフを挟んで、火曜日にエジプトに飛んだ。

 エジプトでコンサートをすることになろうとは夢にも思っていなかったが、素晴らしい縁をいただきカイロとアレクサンドリアでコンサートをすることになった。私が研究をしている(笑)ルイ9世の因縁なのかどうかは知らないが、地中海を挟んで全てが対極の国、南仏とエジプトで演奏を行うのだ。

 出発はいつものようにJFKから。エジプト・エアーでは随分とチェックインの勝手が違う。搭乗客はほとんどがエジプト人で、中には大型液晶パネルを持ち込んだり、一人で10個ものトランクケースを持ち込む人もいる。少々古い飛行機ではテーブルが傾いていて、手で押さえていないと機内食がこちらに流れてくる。機内食もビーフとジャガイモと卵の無骨なエジプト料理であるが、大食漢の私には嬉しかった。

 機内ではフランスとNYの演奏の疲れが出たのか眠りこけた。途中目を覚ますと、アドリア海上空を飛んでいた。ギリシャの上を飛んでエジプト入りだ!

 10時間のフライトの末に、太陽が眩しいカイロ空港に着く。人がまばらでニース空港のあの明るさとおしゃれ感は全く無い暗い空港であった。25ドルでビザを買う。それをパスポートに貼って入国。ビザってそういうもの?かなり待って荷物を受け取る。そのあとはウーバーだ。驚いたことにこの国でもウーバーが使える。空港でも”Uber in Arabic is Uber.”と大きく宣伝している。英語がほとんど通じないウーバー運転手と、待ち合わせ場所の混然さ、それに焼け付くような太陽の下でのピックアップはかなり苦労した。が、香港帰りという若いハンサムなエジプト人がわざわざ運転手に電話をして話をまとめてくれた。感謝!

 私は出かける国の言語はなるべく覚えようとするのだが、今回はアラビア語を何一つ覚えていない。運転手に「Thank you」は何というか聞いてみた。「ショコラ」だそうだ。フランス語のチョコレート?そいつは覚え易い。

 途中の景色は壮大で、今まで見てきた国々とは全く違う砂漠であった。緑の全くない荒地に砂が舞う。最近は海外の資本が入ってきているのかCocaCola等の西洋の看板を見るが、アラビア語で書かれた道路標識の高速道路を、荷物を山のように積んだ小さなトラックが走る。砂漠の際には崩れかけた建物が密集し一見するとスラムのような街が続く。かなりの頻度で月のマークの塔が立った建物がある。イスラム教の寺院、モスクだ!

 今回は、カイロ在住20年というベテランの日本人の新聞記者のアパートにお世話になる。最初はネットでカイロのダウンタウンにホテルを取っていたが、治安が悪いというので現地の方からホームステイのオファーをいただいた。そこに何とかウーバーで辿り着かねば。かなり近づいたと安心していたら、そこからは車が入れないというので、途中で降ろされた。困った。場所もわからないし荷物もある。仕方ない。GoogleMapを頼りに自分で歩く。太陽が焼けるように熱い。道はボコボコでトランクケースを頻繁に持ち上げなければいけない。ごった返した路地に、馬とロバと猛スピードで原チャリに毛が生えたようなタクシーが駆け抜けていく。いきなり大変な試練を味わっている。まずい!iPhoneのバッテリーが無い!時差ぼけの体に40度はあるのではないかと思うこの暑さは応える。現れる女性は全てベールを被っており、強烈にエキゾチックである。

 かなり心細くなりながらも必死で荷物を引きながら歩いていると、いきなり「アサイさん」と呼ぶ女性がいた。今回の世話役を買ってくれた現地の女性である。ホストの日本人ジャーナリストの下で働くエジプト人秘書で、なんと日本語が堪能なのだ。私が着くのをずっと玄関で待っていてくれたそうだ。救われた!安堵感と汗が滝のように流れた。早速クーラーの入った部屋に入り、彼女がラザニアとモロヘイヤのスープを作ってくれた。モロヘイヤってエジプトの植物だそうで、ねばりっこいものは日本人の口に合うと彼女がスープにしてくれた。

 食後はベッドに入って眠りこけたいところであるがそうはいかない。まだ外は明るい。食後に近所に散歩に出る。いやー、これ異文化!生きたひよこが段ボール箱に入って鳴いていたり、サボテンのようなものを並べて売っていたり、タライに入れた魚を猫を避けながら売っていたり、ヘチマが積まれていたりする。

 こうして今日から9日間、エジプトの生活が始まる。とりあえず無事に着いて自分のベッドがあることに感謝。(続く)

浅井岳史(ピアニスト&作曲家)

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