アビーロードスタジオ

ジャズピアニスト浅井岳史のロンドン旅日記(6)

 ロンドンに来て初めての週末、そして初めてのオフだ。昨夜、ロンドンでの初めてのコンサートが無事に終わって、今日は身体中が喜んでいる。ちょっと大袈裟だが自分の中で何かが生まれ変わったような気がする(笑)。
 それを祝ってくれるかのように、モニカの旦那さんが、イングリッシュ・ブレックファストを作ってくれた。卵にソーセージにハムに庭で採れたプチトマト、むちゃくちゃ美味しい。しかしこの肉の量には参った。こりゃランチ抜きで大丈夫だと思ったら、本当にランチ抜きで一日を過ごすことができた(笑)。
 さて、今日の日程は、今回のロンドンのプロジェクトを実現させてくれるきっかけとなったイレインという現地の女性と二人で遊びに行く。以前からこの日は私のたっての希望で、かのアビーロードスタジオに連れていってもらうことになっていた。午前11時50分にBlackheathという街で待ち合わせ。もちろん、早くに出かけて街を散策。街がすこぶる綺麗でおしゃれである。土曜日、最高の天気、最高に幸せそうなロンドン子でいっぱいのこの美しい街は、居るだけでこちらまで楽しい気持ちにさせられる。
 5分遅れで彼女が自転車でやって来た。ロンドンにやって来てから一日置きくらいで会っているのが不思議だ。電車に乗って一路アビーロードスタジオへ。
 アビーロードといえば、世界中誰しもがビートルズのアルバムを思い浮かべるだろう。そして四人が横断歩道を渡るジャケットはあまりにも有名だ。元はストリートの名前で、それがスタジオの名前になり、そこでレコーディングしたビートルズのアルバム名になった。私が小遣いでこのアルバムを買ったのは中二の時、B面後半のメドレーに圧倒された。今でも、作曲家の密かなバイブルになっているとの記事をニューヨーで読んだ。
 日本でいうJRのようなサウスイースタンラインで例のロンドンブリッジ駅まで行き、そこから地下鉄(Underground)で20分くらいだそうだ。ロンドンブリッジ駅で、地下鉄に乗り換えようと改札に入ったら、自分のオイスターカードが通らない。ロンドンの電車賃は非常に高くて、びっくりするほどにお金がかかる。今回もオイスターカードは毎日のように一杯にしておかなければならなかった。急いでお金を足して地下鉄に。シャーロック・ホームズの家があるとされるベイカーストリート駅で乗り換えて、セントジョンズウッド駅を降りて地上に出ると予想を反してそこは簡素な住宅街であった。歩くこと10分、スタジオが見つけられるか心配していた私はばかだった。たくさんの人が集まって順番に横断歩道を歩いて写真を撮っている。そこが有名な横断歩道であった。ミーハーと思いながらも、ここは譲れない。エレインの協力もあり、何回か横断歩道を渡って写真を撮ってもらった。かなりうれしい(笑)。
 そもそも、私が音楽を真剣に始めたのは、中学の時にビートルズのレットイットビーを聞いたからで、私の中学時代はビートルズ漬けになっていたと思う。それが今でも自分の中の音楽の基礎になっており、今回、ロンドンで製作中のアルバムにも、昨夜のコンサートにもビートルズの曲を入れている。ロンドンのレコーディングにビートルズを弾かないのはとてもおかしいように思ったのだ。
 スタジオは閉まっていたが、ギフトショップは開いていてお土産が買える。(商売が上手い!)半分は博物館にもなっていて、ポール・マッカートニーが実際に使っていたヘフナーのバイオリンベースが展示してある。故サー・ジョージ・マーティン直筆のイエスタデイのストリングスの譜面には感動した。それにノイマンのマイクもある。なんと私が自宅スタジオで使っているノイマンTLM49と同じ形ではないか!これはうれしい!「ビートルズを録音した伝説のマイクロフォンの子孫」だと読んだがそれは本当であったのだ。
 このスタジオ、なんと1930年代から操業しており、BBCと共にイギリスの音楽産業の屋台骨を担ってきた。年表に刻まれた数々の作品には名バンド、名アルバム、名映画のサントラが並ぶ。モニカの旦那さんとも話したが、実はこのスタジオ、割と良心的な価格で誰でもレコーディングさせてくれる。それに、自分でミックスした曲をここにネットで送ってマスターしてくれるサービスもあって、実は私も利用済み。伝統と確信、両方を抑えている立派なスタジオなのだ。伝統は革新の積み重ねだと私は思う。
 彼女と駅前のカフェ、その名もビートルズカフェに入り、長く話し込んだ。で、解散(笑)。この前彼女に作ってあげた料理が好評で、今度は彼女の友達にも作ってあげてくれないかと頼まれたのだが、5分悩んだ挙句、断って一人でロンドンに街に出ることにした。好意はありがたいが、一人になってロンドンをぶらぶらしてみたかった。ごめんなさい。
 ということで、地下鉄に乗って、サウスバンクへ。映画やドラマでよく見かけるテムズ川の歩道橋や、ロンドン・アイと言われる巨大な観覧車、そしてその向こうに見えるビッグベンと国会議事堂、そしてウェストミンスター。そう、ここがロンドンのハートなのだ。焼け付くような夏の日差しが心地よい。しばらくテムズ川沿いに座ってぼーっとしてみた。
 実は、かなり心配していたレコーディングとコンサートが無事に終わって、本当にホッとしている。もちろん、次のパリのコンサートの心配も始まったのだが、それはそれで置いておいてしばらくテムズ川の流れを見つめていた。One step at a timeである。(続く)浅井岳史、ピアニスト&作曲家
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