1929年(昭和4年)8月19日、当時世界最大の飛行船であった「ツェッペリン伯号」が、世界一周(北半球周遊)の途中で茨城県土浦市に立ち寄りました。アジアで大型飛行船用格納庫があるのは、霞ヶ浦が唯一の場所であったためです。1931年(昭和6年)には、リンドバーグも世界一周の途中に霞ヶ浦を訪れています。
一般に「ツェッペリン飛行船」と呼ばれるのは、20世紀初頭にドイツのフェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵によって開発された飛行船全体の通称で、実際にはそれぞれが愛称を持っています。このうち、日本にやって来たLZ127は、まさにこの伯爵の名前を冠した「ツェッペリン伯号」(Graf Zeppelin)という愛称でした。「ツェッペリン伯号」は、東京上空をゆっくりと通過した後、茨城県阿見町の霞ヶ浦海軍航空隊(現在の霞ヶ浦駐屯地の一角)に着陸しました。歓迎会を含む4日間の駐留期間に約30万人もの人々が詰め掛け、この様子を実況放送した「君はツェッペリンを見たか!」は、当時の流行語にもなったそうです。また、ジャワ経由で欧州に向けて海外放送も行いましたが、ドイツ本国では聞き取れなかったといわれています。
さて、古くからの町並みが残る土浦市中条通りに残るまちかど蔵の一角「野村」文庫蔵が、「土浦ツェッペリン伯号展示館」になっています。昔からの蔵の一つを利用した小さなギャラリーですが、土浦ツェッペリン伯号来訪を物語る貴重な史料写真やパネルなどが無料で常設展示されています。実は、中条通りの長さは、ツェッペリン伯号の全長236・6メートルとほぼ同じで、歩いて巨大飛行船の大きさを実感してみるのも面白いと思います。
館内には様々な資料が所狭しと配置されており、天井には縮小模型が吊るされており、乗員となった日本人の写真も展示されています。正面奥には2004〜2010年に日本の空を飛んでいた最新鋭機「ツェッペリンNT号」の本物のノーズコーン(機首部分)で、同機が日本を去る際に、ツェッペリン社から飛行船を愛した土浦に託されたものです。実物の飛行船外幕などもあり、直接触って感触を確かめることもできます。
ところで、土浦に飛来した際に、飛行船の乗組員に地元名産のジャガイモを入れた土浦ならではの食材を使ったカレーを振る舞って歓迎したそうです。現在、「土浦ツェッペリンカレー」が販売されており、日本一の生産量を誇る土浦のレンコン、茨城県の銘柄豚「ローズポーク」など、地元食材にこだわった味わい深いカレーです。これは、土浦商工会議所女性会がツェッペリン伯号の人々をもてなした当時の気持ちを現代に蘇らせた、まさに「土浦の想いが宿ったカレー」だそうです。私もおいしくいただきました。(栗原祐司 国立科学博物館副館長)