日本の政局、秋の陣は複雑怪奇

 衆議院の任期切れが10月21日に迫る中で、菅内閣の支持率が30%を割り込み危険水域に入った。菅総理は9月の自民党総裁選に勝利して選挙に打って出る構えを崩していないが、盆明けの政局は極めて不透明だ。コロナ禍、自然災害への対処など日本社会は厳しい課題に直面しており本来は政局談義などをしている暇はない。けれども、既に政権が求心力を失いつつある中では、政局を回して、社会を前に進めることも考えなくてはならないようだ

 まず、前提となるファクターを検討してみたい。菅内閣の人気急落の背景には、コロナ禍による疲労感と先行きの不透明感がある。更に総理の対話力不足や閣僚の度重なる失言が不信感をかき立てており、有権者のここまでの怒りというのは珍しい。有権者の反発は、自民党にだけ向かっているのではない。例えば国政に転じて総理にという待望論のある小池百合子東京都知事も、ここへ来て東京の感染爆発と医療崩壊の中で支持を下げつつある。チケット代金の返金問題を含む五輪の負債も重くのしかかっている。

 一方で、野党第一党の立憲民主党の人気も低迷している。ワクチン接種に積極的でなく、行動変容で「ゼロコロナ」をなどと抽象論を掲げていたツケは余りに大きい。反対に、今春大阪で医療崩壊を起こして批判された維新は、東京がより深刻な事態に陥ったことで政治的にやや息を吹き返した。重要なのは、解散にしても任期満了にしても、数ヶ月内に衆議院選挙があるということだ。全ての衆議院議員は議席を守るのに必死であり、特に自民党の議員の場合、危機感は大きい。

 政局の山場はすぐにでもやって来そうだ。具体的には、8月22日に投開票となる横浜市長選挙が注目される。菅総理が若い頃から仕えていた小此木彦三郎という政治家の三男、八郎氏が立候補しており、総理は八郎氏を支持している。争点はIRつまりカジノ誘致の是非だが、総理も小此木氏も長年誘致の旗を振っていたIRについて、小此木氏は驚いたことに「反対」を掲げるために閣僚の座を投げ打って立候補している。

 この問題では、菅総理の子息が大手ゼネコンに就職してカジノ推進に関与、これがスキャンダル化するのを防ぐには「反対を掲げて市長選に勝利する」ことが必要という解説がある。ややニュースマニア向けの説明であり、それは別としても、仮に八郎氏が落選した場合は一気に菅総理の求心力が消滅する危険がある。そうなれば、衆議院の自民党議員団は、落選の恐怖から「菅以外の旗印」を求めて走り出すであろう。

 その場合に、小池百合子氏が自民党に復帰して総裁に名乗りを上げるストーリーが想定されてきた。だが、都の感染爆発、そして五輪の後始末という問題を考えるとタイミングは「今」ではなさそうだ。となると、小池氏は自民党に復帰するにしても、有力な一政治家として黒子に回るということになる。仮に90年代からの小池氏の「人脈」をフル稼働できたとすると、総裁を茂木外相などにして二階派(小池氏を含む)がこれを支えて選挙に臨み、敗北した場合には国民民主党などを取り込んで連立。その場合の首班は、玉木雄一郎氏などが想定される。

 もう一つのシナリオは、党内力学から、9月の総裁選で岸田、下村、高市などのクラシックな政治家が勝ってしまい、その結果として自民党が総選挙で大敗を喫する可能性だ。仮に小池氏が自民党復帰を見送っていた場合、選挙後に「元希望の党」グループを中心に野党主導での大連立という可能性が出てくる。ただし、共産との関係を深めている立憲は「排除」が続くと思われ、そうすると全体の駒数は足りない。そこで、自民党の中に「手を突っ込んで」二階派やアンチ清和会などをゴッソリ引っこ抜くことになる。例えば、茂木氏または河野氏などを総理に据え、人気が落ちた時点で「世論に望まれる」形で小池首相の登場ということを考えているのかもしれない。

 ちなみに、コロナ禍に加えて豪雨禍が重なる中では、地方代表として石破茂氏の存在を「大穴」として見ておきたい。勿論、挙党体制が大前提となるが、この人は総理になったら化ける可能性がある。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)