戦後日本の姿を思う

集英社・刊
伊東 潤・著

 作者は1960年に神奈川県横浜市で生まれる。早稲田大学を卒業後、日本アイビーエム株式会社に勤務した後、外資系企業のマネジメントに従事。その後コンサルタントに転じ、株式会社を設立するなど長らくビジネスマンとして活躍後、47歳で作家としてデビューを果たす。本書は「小説すばる」2018年1月号から9月号に掲載されており、それを単行本化したものだ。
 舞台は大東亜戦争終戦から約2年後の香港。主人公の鮫島は若手弁護士で、戦犯者を弁護するため他の弁護士とともに香港に派遣されることなる。
 鮫島が担当するのは五十嵐元海軍中将。彼は、インド洋で英国商船ダートマス号を撃沈・収容し、捕虜を処刑した日本海軍巡洋艦の司令官であった。
 裁判は戦争に勝利した連合国主導で行われ、結論ありきで形骸化しており、誰もが五十嵐元海軍中将の死刑を疑わなかった。しかし戦後の日本を再建し、もう一度一等国に引き上げて見せるとの思いを胸に、鮫島は法の正義を武器として法廷で戦勝国と対等に戦おうと真摯に真実を追い求める。
 他の戦犯者が裁判で謝罪や反省の言葉を口にする中、五十嵐は敗戦国日本の代表として、勝者である欧米諸国と対峙していこうとしていた。五十嵐と鮫島のある会話がとても印象に残る。『「あの戦争は、日本が国際社会の一員になるために必要なもの、いわば通過儀礼のようなものだったんだ。明治日本は、ほかのアジア諸国と違っていち早く産業革命の恩恵を受けて近代国家へと変貌を遂げた。それゆえその後、欧米諸国に伍していけると勘違いしてしまった。その根拠のない自信が孤立を招いた。今回の対戦で、日本は外交的に孤立しては駄目だということを痛感しただろう。それが分かった今、初めて日本は諸外国の立場を重んじ、痛みを分かち合える国際社会の一員として生まれ変われるはずだ。それを思えば、戦死者たちは無駄に死んだんじゃない。彼らは、これからの日本の礎を築いたことになる」自分を納得させるように五十嵐は続ける。「今回の公判を通じて、君らは、真実を追求する大切さや法の正義への信頼を国際社会に知らしめることになる。つまり君らこそ、日本が次の戦いに勝つための尖兵なんだ」そこまで言うと、五十嵐は疲れたように天を仰いだ。「次の戦いも厳しいものになりそうですね」「ああ、実際の戦争以上に厳しいものになる。だが日本は、もう負けるわけにはいかない」その戦いに勝つことは、敗戦に打ちひしがれた日本人を再起させることにつながる。』
 終戦から74年にあたる今年、日本は31年続いた「平成」に幕を閉じ、「令和」へと歴史が引き継がれた。20年には1950年以来2度目となる東京オリンピックの開催を控えている。国際化が進み、英語教育も盛んに行われ、社会では”グローバル人材”が求められるようになったが、それでも私たちが日本人であることに変わりはない。私たちは鮫島たちの目指した、日本人として国際社会の一員になれているか、考えさせられる一冊だ。(西口あや)