科学と宗教の狭間で

ダン・ブラウン・著
角川文庫・刊

 宗教と科学の闘争は今に始まったことではない。コペルニクスやガリレオなどの時代では宗教界が絶対的な力を誇り、神学に異を反する者は殺された程である。現代では当然科学的見解が世界に広まり、それが常識として受け入れられている。しかし、一歩外に出ると未だに聖書やコーランを事実であることを疑わない人間が大勢存在する。こういう者たちは科学的証拠や根拠を否定し、それ以外の考えを悪魔の所業だと信じ、神の代行などという名目でテロ行動を起こす者までいる。こういった世界情況を題材にした小説はいくつもあるが、その最前線にいるのがダン・ブラウンだろう。世界的に有名な著書『ダヴィンチコード』を手掛けたブラウンの最新作『オリジン』は前作にも増して挑発的な思想を顕著に表した作品である。 
 物語は希代の天才コンピュータサイエンティスト、エドモンド・カーシュが自分の発見した、全世界の宗教を揺るがすであろう科学的発見を宗教家たちに発表するところから始まる。この発見は人類史上最大の謎の2つを解明することだと知らされる。「我々はどこから来たのか、そしてこれからどこへ向かっているのか」。この発見を見せられた宗教家たちはカーシュにこれを世に発表しないよう説得を試みるが、この反応が逆に彼の発表の決意を強めるかのように、数日後、スペインの博物館で大々的な発表会が行われることになる。 
 この発表会に招待されるのが本編の主人公で、『ダヴィンチコード』でもお馴染みのロバート・ラングドンである。ラングドンは彼のハーバード大学時代の恩師でよき友人でもあるため、彼が根深い無神論者であることを知っている。そして、この信念こそが今まで科学の世界で彼を突き動かしてきた動力であることも。
 今作を読んでいて考えざるを得ないのが、全体的なテーマの科学vs宗教という問題についてである。私自身は無神論者であり、科学的根拠に基づかない真実は真実として受け入れるべきではないと信じているが、かといって宗教が世界に必要でないとは思ったことはない。もちろん、思考を完全に放棄し、神の教えに全てを委ねるのは愚かなことだと思っている。だが、たとえそれが非論理的で整合性を伴わないものだとしても、信仰とは人それぞれにあり、神を崇めることにより救われた人間は数多く存在することも否定できない。だからカーシュのように宗教を完全に否定し、世界から宗教を根絶するために活動している人物の主張を聞くたび、理解はできるものの、どこか違和感を感じてしまう。科学と宗教が両立する、どこかグレーゾーンに人間はいるべきなのではないかと。しかし今作で私が個人的に気に入っているところが、カーシュのような人物は世界に実在することである。科学だけを絶対的な学問として見て、宗教廃絶を支持する者。私はこういう人間が宗教と戦う様を見るたび、まるで新たな宗教団体が旧い宗教を否定しようとしてるようでつい皮肉な笑みを浮かべてしまう。

   (多賀圭之助)