遊牧民を夢見る音楽家

チェロ奏者

花岡 伸子(しんこ)さん

 1971年、甲府生まれ。姉の影響で6歳からバイオリンを始めたが、「姉妹で同じ楽器をやっても面白くない」ので8歳からチェロに転向。当初はお稽古ごと的だったが10歳で藤原真理氏に師事。健康で丈夫、耳が良くて、指が強いことから藤原氏に本格的なレッスンを進められたのを機にプロのチェロ奏者目指してスイッチが入った。桐朋女子高等学校音楽科、同校ディプロマコースを経て米国イリノイ州立大学に進学、当時同校で教鞭をとっていた岩崎洸氏に師事した。もちろんチェロ演奏に励んだが、恋もした米国留学だった。

 23歳月の時、伝説のチェリスト、ジャクリーヌ・デュプレを育てたウィリアム・プリース氏に招かれ、奨学金を得て英国ロイヤル・アカデミー音楽院大学院に進学。同大学院を首席で卒業後はBBCヤング・アーティストシリーズ、スピタフィールド国際音楽祭などに出演、スペンサー伯爵邸でのダイアナ妃メモリアルコンサートやヴィクトリア&アルバート美術館で開催された平成天皇皇后両陛下訪英記念晩餐会などで演奏したほか、トーマス・ツェトマイヤー音楽監督率いるノーザン・シンフォニアのゲスト首席チェリストとして演奏し、絶賛を博した。音楽家の競争が激しいロンドンで、しかもビザ取得が必須の外国人が正規の楽団員になるのは非常に厳しい中、29歳で日本人初の英国ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の一員となる。

 それから14年間、チェロを抱えて西へ東へ飛び回る日々を送った。やりがいはあったもののリハーサル→コンサート→移動→リハーサル…の連続で体力的にきつかった。そんな中、米国人男性と出会い、結婚。長年の激務のせいか腰を痛めたこともあり、2016年にロイヤル・フィルハーモニーを退団、翌年夫の古巣であるニューヨークへ移住した。ロンドンで一線の音楽家として活躍していた妻のことを思い憚ってか、積極的に移住の手続きを進めようとしない夫にハッパをかけて段取りを進めた。当時のことを「人生の分岐点だったと思う。音楽的な面でも」と振り返る。これからの人生をどう生きていきたいのかを再考する、いわば人生のリセットだった。

NYでプラプラしている間にチェロの存在を再認識したと言う花岡氏。「自宅でのんびりチェロを弾きながら、人のために弾く機会をなんとなく待っていた」。そして、花岡の才能を応援する支援者にも恵まれ機会はやってきた。3月12日、カーネギー・ワイルリサイタルホールにてピアニストの内田玲子氏とコンサートを開催する。

 「いらしてくださった方が来て良かったと思えるコンサートにしたい」と語る花岡氏に、チェロ奏者にならなかったら何をしていると思うかの質問に「遊牧民になりたい!」。満点の星空の下、まどろむ羊の群れに囲まれてチェロを弾く遊牧民姿の花岡氏を思い浮かべてみる。全く違和感がない。不思議な音楽家である。

     (東海砂智子)