欧米紳士淑女の外套着

イケメン男子服飾Q&A 86
ケン 青木

    朝晩肌寒くなって参りますと、街中のビジネスマン(!?って今は言ってはいけないのでしょうか・苦笑? ビジネス・パースンそれともビジネス・ピープル?)達の中、特に男性にダーク・グリーンの綿素材でお尻丈のジャンパー(正確にはウインドウ・ブレイカーと言いますが)よりも少し長い着丈、そしてコーデュロイの生地の襟が付いたコートをスーツの上に着込む、と言うより羽織った人たちを少なくない人数、マンハッタンの中心部にて見掛けられたことがおありなのではないでしょうか?

 そんなこんな(笑)で「あれは何の服なのですか? もしかして建築現場の方々ですか?」と尋ねられたことも一度や二度ならず。そう、そう言われてみれば建築現場で着られているコートに見えないこともないのですが(苦笑)、それでも目を凝らしてよ〜く視てみますと、建築現場の方が着ておられますナイロンの作業着とはどうも趣が違うところが。それはコートの生地がナイロン製でなく、「小汚い」ことなどに原因があるようでして・・・。

 そしてさらに、もしかしてニセモノも多いせいなのか? 近年においてはブランド名が刻印された小さなバッジがコーデュロイの襟に付いていることも・・・ 。はい、そうなんです! これらのコート、おそらく間違いなく「Barbour」という英国はイングランドのアウターウエアのブランドの、コットン地にオイルを染み込ませた、いわゆる「オイルド・クロスのジャケット、またはコート」のことであろうかと。

 昔から雨や霧の多い英国、というよりはやはりイングランドでしょうか。古(いにしえ)の時代から雨の日に何を着てしのぐのか、大きな大きな課題であり続けていたのでした。それは特に兵隊さんたち、彼らは御国に何か大事があれば天候のことなど考えず、両腕共御国を守るため使わなくてはならず、傘など差すことは全く出来ないわけで・・・。

 19世紀前半以前には、とりあえず動物の「脂肪」と言いますか、天然の油分が含まれた羊毛で作られた軍服や、その上に着用するMelton等と呼ばれます、厚手で縮絨加工が成された、生地の織り目もしっかりと目詰め加工がされた羊毛素材である程度は雨をしのいではいたのですが、いかんせんコート自体が重く大変動きづらいかったのです。軍服というシロモノは一瞬の自身の身体の動きが鈍ったりすれば自分の命に関わってくる問題、真の意味でのライフギアなワケですから。で、この「防水衣料」問題も最近時々触れております、「産業革命」以降の繊維業界の急速な技術革新の恩恵を19世紀前半早々から受けることに。

 その第1がチャールズ・マッキントッシュによるゴム引きコート、2番目がトーマス・バーバリーによるコットン・ギャバジンという防水生地の発明、そして3番目がこのJohn Barbourの発明によりますオイルド・クロスのコート。意外にも近世におけるレインギアの歴史、ビッグ・スリーにおいてオイルド・クロスが最も新しく、それは20世紀を目前に控えておりました1894年の秋のことだったのでした。

 僕も40年近く着続けているBarbourが一着ありますが、昔のモノは冬の寒い時期に着ると驚くほど暖かいのですが、とにかく油臭くて表面はベットベト、電車やバスに乗り込むと女性に嫌〜な顔をされたものでしたが、近年はこうした点も改良されているのです。

 さらにはこのBarbour、古ければふるいほどカッコ良い、価値があるとされているのですね。女性目線で見られますとただのボロボロのコートなのだそうで、一体どうしてそんなボロを仕立ての良い注文仕立てのスーツに合わせるのか? と(笑)。そう言えば数年前、6番街42丁目の交差点でBarbourを着ていた僕は、見知らぬお年寄りの男性から袖を引っ張られたのです。そのお年寄り曰く「お若いの、ワシにはもうあまり新品を買って『古び』や『こなれ』を表現出来るほど時間が残っておらんのじゃ。すまんがの、貴殿のBarbourを10ドルで譲ってくれんかの?」と(笑)。僕は「10ドルじゃーやだなあ・・・ (笑)」と悩んだ末に断ってしまいました。

 そう言えばエリザベス女王やアン王女ら英王族の女性陣はお庭仕事の際、必ずBarbourを羽織られておられますよ。そういう意味ではこのBarbour、英国のアッパークラスの人々の象徴的衣料品、必需品だと言えるのかも(上の写真はハリー王子)。ずっとBarbourと英語で書いて参りましたが、理由はBarbourをバブア、バーブア、バーブァーなどなどJan・glish(笑)のon paradeオン・パレード(笑)。一応本場のイングランドにおいて一番近い発音は「バーバ」かと(笑)。それではまた次回。 

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス・カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。