平和のハト

国連アート探訪 ⑨

よりよい世界への「祈り」のシンボルたち

星野千華子

  イースター(復活祭)までには落ち着くとの見通しも出されていた新型コロナウイルスの感染拡大はいまもいっこうに終わりが見えず、不安とストレスの中での毎日です。ニューヨークの国連関係者や各国の政府代表部員は、いつにも増して結束してコロナ対策を進めるべく、在宅勤務が中心となりながらもテレビ会議やメールと電話で世界規模での仕事に励んでいます。

 非常事態宣言が発せられ、外出制限も出されるなかで国連アートの探訪などというとずいぶんのんきに聞こえるかもしれませんが、イースターの日のサン・ピエトロ大聖堂で教皇フランシスコが床にひれ伏して祈りを捧げる映像に心を打たれ、バチカン市国から国連に寄贈された「平和のハト」のモザイク画をぜひご紹介したいと思い立ちました。

 国連ビル1階の東ラウンジに通じる廊下に飾られているこの作品は、13世紀の初頭、教皇イノケンティウス三世の時代に作られ、当時のサン・ピエトロ大聖堂にあったモザイク画の複製とのことですが、金と黒を背景に白いハトがオリーブの枝をくちばしにくわえ、颯爽と羽ばたいている様子が生き生きと描かれています。タイトルは「平和のハト(Dove of Peace)」。

 平和の象徴としてハトがオリーブの枝をくわえている図柄を目にすることが多いですが、これは旧約聖書のノアの箱舟の逸話に由来しているとする説が有力です。嵐や洪水が終わり大地に木々が芽吹いたことをハトがオリーブの枝をくわえて知らせに来たことから、平和の使者といわれるようになったようです。

 イースターはキリストの復活を祝う日です。本来ならたくさんの信者と喜びを共にするはずの場で教皇はわずかな司祭と一心に祈りを捧げていました。いま大きな苦しみの内にある人々のためのその祈りがいかに悲痛なものであったか、画面から伝わってきました。

 同じころ日本の友人から、奈良の東大寺で行われている「疫病退散」の法要の動画が送られてきました。また、ご縁のある比叡山延暦寺からも僧侶たちの数日にもわたる法要の様子を知らせていただきました。きっと世界中が祈りに包まれていることでしょう。

 いま現在も、パンデミックの病魔に苦しんでいる人、それを治療する人、支える人、見守る人、耐え忍ぶ人がいます。家にいることで感染の広がりを防ごうとしている私たちと一緒に、平和のハトの便りを待ち望みたいと思っています。

 なお、このモザイク画は教皇ヨハネ・パウロ二世の1979年の国連ご訪問の記念に寄贈された品でした。教皇が1981年2月にご来日された折、広島でのミサで「戦争は人間の仕業、戦争は死です」と話された言葉が深く心に響いたことをいまも鮮明に覚えています。

 このコロナウイルスのパンデミックを災いとするならば、感染拡大の過程で私たちがお互いに差別的な感情を持ったり、疑心暗鬼になったりすることでこの災いが争いごとへと発展してしまうかもしれません。しかし、教皇はこうもおっしゃいました。「平和も人間の仕業」だと。

 どんな時でも人々は祈る気持ちを忘れたことはありません。希望とは必ず訪れる明日だと信じて、助け合いながらこの難局を乗り越えてまいりましょう。

(筆者は国連日本政府代表部幹部の配偶者でニューヨーク在住)