「マエストロ」に見た指揮者の人間性と芸術性

田村麻子のカーテンコール オペラ公演の舞台裏 2

 皆様、こんにちは。元旦早々より日本では、悲惨な災害や事故が相次ぎ、今年の行く末を思わず案じてしまうような幕開けとなってしまいました。が、過去に目覚ましい復興を遂げてきた日本は、きっと大丈夫だと固く信じています。

 さて皆様におかれましては、どのような年末年始でしたか?休み中に家族で映画を楽しんだ方も多かったかと思いますが、私も年末に「マエストロ」という12月に公開したばかりの新作を観ました。この作品は、既に名俳優であるブラッドリー・クーパーが、自身が主演し監督業も行うという、全身全霊をかけて作った事が歴然とわかる力作で、複雑ながらも深い絆で結ばれた夫婦関係に重きを置き、彼の偉業よりも、どういう人物であったのかをより描いたものでした。有名なアーティストが主人公の映画は通常、その作品や演奏に焦点が当てられるのはある意味当然なのですが、今回そういうシーンは勿論いくつかあったものの、誰もが知るウエストサイドストーリーはバッサリ切り捨て。指揮者として世界中飛び回っていた様子も殆ど出さず、よく練られたシンプルな脚本に、冒頭から目を奪われる斬新なカメラワーク。妻役には素晴らしい女優を起用し、極め付けは、まるでバーンスタイン本人かと見まごうような特徴をよくつかんだ、クーパーの演技を超えた演技!その指揮ぶりたるや、もう乗り移られているとしか思えない程で、一体彼は、どれほど莫大な練習時間を費やしたのだろう、、と考えるのと同時に、彼のバーンスタインへの尊敬の大きさに改めて気づかされ、ただただ圧倒されるばかりでした。ところで話は少し逸れますが、日本の私のマネージメント会社の創立者、佐野光徳氏は、生前バーンスタインと何度も一緒に仕事をしており縁も深く、レニーがこんな事を言ったあんな事をしたとか、基本はとてもチャーミングな人だったが、たまに背中を蹴りたいほど憎らしい時もあった、などと言うのを聞いた覚えがあった為、映画を観ながらなるほどなぁ、、とそれらのエピソードを合致させて、1人ほくそ笑む楽しみもありました。指揮者とは唯一、自分自身で音が出せない音楽家です。それだけに、自分の思う音楽を演奏者に奏でてもらうには、自分の解釈、哲学、イメージなどを的確に伝え、オーケストラに音を出してもらわねばなりません。その為には様々な手法が必要ですし、時には嫌な人に映るほどの、強い個性も当然あった事でしょう。でもバーンスタインの場合傑出していたのは、その懐の大きさと、人間愛から来る並々ならぬカリスマではなかったかと映画を観て思いました。指揮者に限らずアーティストとは、普段何を思い、何をどう選び、どう感じているか、がそのまま自分の演奏や作品となります。つまり人間性こそがその芸術の土壌であり、結局面白いのはその人物なのだ、と言わんばかりこの映画、来月のアカデミー賞がどうなるのか私は非常に楽しみです。ではまた来月!

田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。東京藝大、マネス音楽院卒業。京都城陽大使。