その6:コート・ダジュールへ

ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記

 今日は5日間お世話になったウゼから、旅の後半の拠点となるコート・ダジュールへの移動である。同じ南フランスでも、スペインの国境がちらつくプロヴァンスと、イタリア国境にほど近いコート・ダジュールは車で真剣に走っても3時間ではいけない距離がある。文化も食事も違う。きっと言葉も違うのであろう。そもそもニースは1860年までイタリアであったのだ。
 さて、アパートをチェックアウトする前に昨夜、絵図で発見したローマの水路の遺跡まで早朝散歩することにしていた。実際に歩くとかなり距離があり、かなりの山を下ることになってしまったが、頑張って山道を下り、綺麗な花が咲く草原を横切り、2000年も前に作られた水路を見た。これは、この近くにある有名な世界遺産の水道橋PontDeGardの上流なのだ。改めてローマ人たちの技術の高さに驚く。と共にここの人たち、アパートのフィリップも、ウゼの城の貴族も、サングラスを拾ってくれたトニーも、全てローマ人の末裔なのだと気が付いた。昔からかなり高い文明を培ってきた民族なのだ。食べ物から建築から全ての芸術度が高くて当たり前である。予想外にたくさん歩いて街に戻ってくると古い石の街の門が迎えてくれた。これには感動する。
 さて、優しいフィリップは私たちが荷物を運ぶのを手伝ってくれる。車に荷物を積んでいると、なんと一昨日城でサングラスをウブリエから拾ってくれたトニーがアパートの前にある街のゴミ捨て場に来ていた。ばったり出会って「ワイン受け取ったよ。ありがとう。君のことをサイトで見たよ。僕はドラマーでこのあたりで演奏している。今度は一緒にやろう」と将来のプロジェクトまで話し合ってしまうことになった。サングラスを落としたことから始まったこの巡り合わせ! やはり、南フランスは私を呼んでいる! フィリップは私たちがグダグダGPSをセットしている間も待っていてくれる。なんて優しい人だ。車を走らせると、今日はウゼのランパート(環状道路)にマルシェ(市)が出ていて大渋滞であったが、ちょうど停まったところが最初の夜に食べたバーガー屋さんで、ご主人夫妻と大声でお別れをした。まるで絵に描いたような中世の街ウゼに相応しいエンディングであった。
 途中高速に入る前に、こだわりのコーヒーを出すPaulに寄って今回初めてのクロワッサンを食べる。今まで食べたものでベストだ! 思わずふたつ目を買って食べた。それに、従業員の少女たちが甲高いアニメ声フランス語でお客さんの対応をしている姿がとても可愛い。
 さて、一直線でコート・ダジュールを目指しても面白くない。山の上に造られた中世の石の街ゴルドの奥にあるAbbaye Notre-Dame de Sénanqueに寄ることにした。12世紀に造られたこの修道院は、ラベンダー畑が美しいことで世界中に知られ、プロヴァンスの代名詞として数々のポスターに登場している有名な修道院だ。まだ写真を始めて間もない頃、ここに来てラベンダーを撮ることが夢であった。数年前に初めて来た時は冬でラベンダーは咲いていなかったので、今日は長年の夢が叶う日でもある。
 ウゼから2時間、数年前に「ラベンダーの蜂蜜で焼いたチキン」を食べて感動したゴルドを横目に見ながらさらに山奥に進むと、灰色一色で一目で古いことがわかる修道院に着く。新調した望遠レンズでラベンダーの写真を撮った! 感動。その後、コート・ダジュールに向けてお馴染みの高速道路A8に入る。海が見えてくる。熱海かと思う風景が嬉しい。ニース、モナコ、そしてイタリアの標識が出てくる。ニースを超えると高速道路は山に向かい、かなり登る。そして、モナコの標識で下に降りると、私たちの第二の故郷(大げさ)Èze(エズ)である。
今回はいつものアパートホテルが取れなかったので、近くに本物のアパートを借りることにした。かなりプライベートなアパートのようで、オーナー夫妻と何度もメッセージを取り交わして到着時間を連絡してあった。偶然にも玄関でオーナーご夫婦に会う。今回の旅は全てタイミングが怖いくらいドンピシャである。部屋に案内されると、ため息を飲むようなエズのパノラマが窓一面に広がり、そこにプールがあり、向こうにはキャップ・フェラの半島と地中海が一望できる。ここに1週間暮らすのだ! モナコに住んでいるというえらく格好良い夫婦がかなり複雑なガレージ(狭い)やら庭のプールの入り方を教えてくれた。プールは朝から夜10時まで入れるとの事。
 早速夕飯の買い出し。おなじみのCasinoが8時で閉まってしまうので、車でちょっと離れたところに買い物にいき、食材を調達。家で自炊。そうなのだ。私たちは旅人ではなく、ここで暮らすのだ。
 暮れなずむ山沿いの中世の村エズと、夕日を浴びてオレンジに光る地中海の水面を見ながらベランダで食事。クーラーはいらない。爽やかな風に当たっているだけど至福の気持ちになる。神様ありがとう!(続く)
(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
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