ホイットニー美術館 ルース・アサワ展

日系アメリカ人二世女性アーティスト

 4年ぶりに訪れたニューヨークでは、ホイットニー美術館の「ルース・アサワ展」が期待以上の収穫であった。ルース・アサワ(Ruth Asawa 1926-2013)は、ワイアー彫刻や公共美術(噴水)で有名だが、本展は、素描・水彩画・デザイン画など主に紙に描かれた100点余りを見せる希少な展覧会である。

 西海岸(南カリフォルニア)の日系人として、アジア・太平洋戦争中の1942年、家族と共に、サンタアニタ仮収容所(カリフォルニア州)、次にローワー収容所(アーカンソー州)に強制移住させられた経歴をもつ。ただ、同じ日系アメリカ人二世ではあっても、自らのエスニックな背景を前面に出した一世代上の画家ミネ・オオクボ(1912-2001)とは違い、アサワは「抽象」を指向する作家として出発した。

 アサワの運命を決定づけたのは、ノース・カロライナ州のブラック・マウンテン・カレッジ(BMC)との出会いである。ミルウォーキーの大学で、美術教師の資格取得を事実上拒否された後で、戦後アメリカの前衛芸術を牽引した芸術家たちが集まったBMCで修学した(1946〜1949年)。

 抽象への指向、幾何学模様の多用、芸術と工芸の境界を取り払った創作態度など、アサワ芸術の特徴は、特に元バウハウス教授のヨゼフ・アルバースから学び、BMC時代に築いたものである。

 今回の展示では、人物・生物のデッサン、植物の細密画、植物や果物の水彩画も見事であり、具象画家アサワの確かな才能も垣間見えた。しかし、アサワ芸術の本領は、具象よりも抽象的画面にあらわれる。

 「抽象」は、自然界が幾何学模様に変容した図があり、またギリシャ雷文のような装飾模様を使い、色彩・構図のバリエーションをさまざまに展開する場合もある。インクの手作業で、細部と全体のバランスを取りながら描いたモノクロの雷文模様は、修行期の作品ながら、洒脱である。 

 模様の画面から、アサワのジェンダーがこぼれ落ちるような作品、《模様のある毛布で眠るポール・ラニアー》[Untitled (FF.1211, Paul Lanier on Patterned Blanket), 1961. ]は、アサワの家族生活をうかがわせる。技法にも工夫を凝らしているが、フェルトペンの先を切り裂き、一筆で並行する4本の線が出るようにして描き、精緻な画面を構成する。緩やかなうねりをつくりながら複雑に編み込まれた模様の毛布に、ふっくらとした幼児期のポールが眠る。子育てと創作を同時進行でこなしていた、アサワの人生そのものが表現された作品である。

 アサワは、1949年に建築家のアルバート・ラニアーと結婚し、6人の子に恵まれた。異人種間結婚が、1948年に合法となったサンフランシスコで暮らした。

 高齢になり、アサワは日系人のアイデンティディを打ち出した作品を創った。1990年から1994年に、サンホセ(カリフォルニア州)で、《日系人強制収容記念碑》(Japanese American Internment Memorial)を創作している。戦前と戦後における日系アメリカ人共同体の歴史と体験を刻んだ戸外作品である。同展は今月15日まで。

(金田由紀子、青山学院大学名誉教授、写真・三浦良一)