編集後記 2022年7月9日号

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。日本からアメリカに来たばかりの頃、ロサンゼルスのサンセット大通りにあったウイスキーア・ゴーゴーという人気ライブハウスでロックのコンサートがあって観に行きました。入口前で入場の列に並んでいると、同じ列に並んでいた可愛いアメリカ人の女の子が、私と目があったのか「ハーイ」と微笑みました。私は「なんで、この子は私に親しくハーイなんていきなり声をかけるのか。知らない人なのに」と無視すると「ちょっと、わたし今、あなたにハーイって言ったんだけど( I said Hi! )」とすごくムカついた顔で怒ってきたのです。「あ、わかった、わかった、ハーイ」と無愛想に反射的にあしらうように答えた。今、考えたら、私はなんて、ヒドイ失礼な奴だったんだろう思う。今なら「ハーイ、今日はサイコーに楽しみだね。この日を首を長くして待っていたんだよ。キミはどこから来たの? ボクは日本からだけど」とか平気で言えそうなのに。「アメリカ人は、知らない人でも誰とでも平気ですぐ打ち解けて話せる人種なんだ」とその時に初めて知った。あれから40年。で、いま私がアメリカ人みたいになっているかというと全然そんなことはない。今でも、電車の中で車掌が車内の乗客とヤンキースの試合の話で盛り上がって延々と会話する様子を見て「日本じゃあり得ない」と思ったり、乗り合わせた席の隣同士で延々と親しく会話をする乗客の光景を見て「社交的だな」と感心したりしている。しかし、日本人は、共通の友人から紹介でもされない限り、居合わせた赤の他人となれなれしくいきなり会話なんかできないものだ。本紙連載「異文化コミュニケーション」を執筆しているコロンビア大学応用言語学教育博士の高橋純子さんは「米国では教育界のみならず、ビジネスの世界でも人前で効果的に話すスキル、例えばプレゼンテーションなどで相手をうまく論理的に説得できる能力が必要」と本紙6月18日号の「アメリカの学校で成功するには?」の中で書いている。また、これも本紙連載「ニューヨークの魔法」でお馴染みのエッセイストで作家の岡田光世さんが、このほど、英語力をどのように伸ばせるかについて、自身の体験に基づいてまとめた『ニューヨークが教えてくれた “私だけ”の英語“ あなたの英語“だから、価値がある』が出版された。常々どうして、岡田さんは英語が上手になったのだろうと不思議で、きっと英語が好きで、勉強して学んだ語彙力と知識と現地体験量の豊富さからくるものだろうと長年思っていたのだが、決定的なのは、「物おじしないで知らない人に平気で話しかけられる勇気を持ち合わせている」ことに尽きると随分前に確信した。公園のベンチで、地下鉄の座席で隣の人に自分からいきなり親しく話しかけるのだ。人なつこいとでもいうか。初対面の見知らぬ相手から「自分の人生を全部、あなたに語っちゃったわ」とよく笑われるそうだ。きっと聞き上手なのだろう。今週号の書評でも書いたが、日本人がアメリカ人と互角以上に英語で意思疎通するためには、語彙力とかイディオムをどれだけ知っているかというより、岡田さんのように、知らない人に気軽に自分から話しかけられる「日本人が普通持ち合わせていない感性」をいかにして後天的に身につけられるかにかかっているように思えてならない。「聞かれれば、話す」ではだめなのだ。いいアイデアがあったら、自分から手をあげて説得する。いまだに行ったり来たりだが、そこに自分の日本人らしさを感じることもまた一方で事実だ。まあ、うまく流暢に話せなくても、ハートがあれば心は通じるだろうと。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)