編集後記 7月2日号


【編集後記】
 みなさん、こんにちは。実は、私は、少年時代に北海道でボーイスカウトに入っていて、昇進試験の一つに「モールス信号」がありました。2級の「手旗信号」は難なくクリアしたのですが、モールス信号は曲者でした。送信はできても受信が難しい。いわゆる「トン・ツー」符号の組み合わせだからです。覚えるのは「アイウエオ」順ではなく「いろは」順だったのがなんとも時代を感じさせ、子供心にも「古いな~」と思ったものです。ただ覚え方は簡単で、「(い)伊藤(トン・ツー)」「(ろ)路上歩行(トン・ツー・トン・ツー)」「(は)ハーモニカ(ツー・トン・トン・トン)」と暗記する覚え方があって、その発音通りに打てばいいのです(多分戦時中の軍隊で使っていたものと同じなんでしょうね)。生まれ育ったのが漁業の盛んな北海道だったので、毎日のテレビ放送の朝夕の番組に「海難防止情報」というのがありました。あるとき、何気なく見ていた番組のオープニングテーマ音楽の背景に小さくモールス信号のようなリズムが入っているのに気付きました。耳をそばだてて聞くと「カ・イ・ナ・ン・ボ・ウ・シ(海難防止)」とモールス信号で繰り返して打っているではないですか。「カトーセキ、イトー、ナロータ、イメーンナーナ、ホーコク、トト、ウタゴー、シユートーナチュウイ」の繰り返しが判読できたのです。「分かった!」。小学校5年生の私は思わず笑顔に。しばらくしてスカウトの1級の試験に合格しました。
 このモールス信号は、1832年、イエール大学を卒業したサミュエル・モースルが発明した人類の通信と放送の起源となるものですが、それが20世紀にラジオやテレビの出現、コンピューター、SNSの時代の出現に至るまでには多くの時間と労力を必要としたのです。電波を使って音を送るには、超えなければならない壁があったのです。今週号の18面のBOOKS面の書評欄(https://nyseikatsu.com/editions/872/872.pdf)で掲載した名古屋大学名誉教授の河村雅隆さんの新著『二〇世紀 米欧比較放送論~ラジオ・テレビの衰退と未来図』(文芸社・刊)によると、マルコーニがモールス符号を受信するのに使ったのは、コヒーラ検波器と呼ばれる、電波からモールス信号を検出する装置。これは1890年頃、フランスのブランリが考案したもので、ガラス菅に金属の粉を詰めたものでした。ただ、連続した音を受信することはできなかった。この問題を解決したのが真空管でした。1904年に英国のフレミングは二極真空管を発明、1906年に米国のリー・ドレスト・フォレストが、もう一つ電極を加えた「オーディオン」を発明したのです。著者の河村さんは、長年、NHKに勤務し、報道や衛星放送などのプロデューサーとして活躍した人で、著作や論文は多くの大学で、放送論、メディア論の参考書として使われ、それに加筆されたこの本は、次にくるものが何かを考えさせてくれる一冊です。「20世紀は『マスの時代』だった。大量生産、大量流通、大量消費。多くの人が他者と同じものを自分も所有することを欲した。しかし、そういう時代は過去のものとなり、人々は差別化され、個別化された商品を求めるようになった。そうした流れは、情報の分野においても例外ではない。そのような時代にあって、放送というマスメディアは生き残っていけるのだろうか」と元テレビマンの河村教授は言うのです。家に帰ったらテレビのスイッチを入れる前に、パソコンを立ち上げる。ニュースは、定時の放送を待つことなく、ネットのオンラインデマンドの見逃し配信やYouTubeで、今、何が世界で、日本で起こっているのかを短時間で掌握できる時代になりました。検索機能に優れたインターネットは、しかし、テレビや新聞のようなマスメディアと違って、AI(電子頭脳)によって支配され、アルゴリズムによって見るものに適合した内容のものばかりが集約されて出てくるようになります。猫の動画を一度見たら、猫の動画や商品ばかりが次から次へと出てくるあれです。それは未来の陥穽(かんせい=落とし穴)かもしれない。筆者は、この本の前半で、「マスメディアを支えてきた『マス』と言う存在はもはや消滅してしまった」と書いたが、そのような時代、世の中にあっても人間の中にはどこか「water-cooler effect」=「他人と感動や体験を共有したい」と言う気持ちが残っていて、それがチャット(電子井戸端会議)に参加して「他人が見ているものを自分も見てみたい」という「今、こんなものをやっているよ、君もみてみないか」といった視聴者の存在が今後マスメディアの将来にどう繋がっていくのか見守っていきたい」と書いて筆を置いています。紙面では、スペースの関係で原稿を半分くらい削らないと収まりませんでした。いつもは大体、数えなくても行数ぴったりに書き終わるのですが、今回だけは、この本が面白すぎてつい行数を忘れて書いてしまいました。紙面では削除した部分を戻して編集後記とします。長くてごめんなさい。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)