画集・李公麟 「五馬図」

板倉 聖哲・編
羽鳥書店・刊

 中国・北宋時代を代表する画家、李公麟(りこうりん)の「五馬図巻」をご存知でしょうか。この作品は長い歴史を背景に、なかば伝説化して今に伝わってきたものです。
 その幻の「五馬図巻」を初めて高精細なカラー図版で、しかも原寸サイズで再現した画集が、今年3月に刊行されました。中国美術史研究の第一人者・板倉聖哲教授(東京大学東洋文化研究所)が編者をつとめ、詳しい解説を執筆されています。
 今年初めに東京国立博物館で開催された特別展「顔真卿 – 王羲之を超えた名筆」には、中国をはじめ海外からもたくさんの方が駆けつけました。なかでも隠れた目玉として注目された出品作が、「五馬図巻」でした。実は、公開されるのは80年ぶりのこと。図巻には書家として有名な黄庭堅(こうていけん)の跋文がつけられており、書の展覧会に出品されたゆえんですが、それ以上に、幻の存在とされていたこの絵自体の魅力が、多くの観客を呼びよせました。「五馬図巻」を知る研究者や美術商は、世界からこぞって本物かどうかを確かめにきたそうです。
 李公麟(1049?〜1106年)は残された作品も少なく、日本では馴染みのうすい画家です。しかし、中国古美術を学ぶ人にとっては歴史的に非常に評価の高い、白描画に秀でたたいへん重要な作家です。
 「五馬図巻」は制作された同時代から「神品」として称賛され、元時代の文人たちにとっては憧憬の的となり、清・乾隆皇帝のコレクションとなるなど、歴代王朝で愛蔵されてきました。日本へもたらされたのは、清王朝の終焉前後の混乱期。1928(昭和3)年には、昭和天皇御即位大礼の祝賀記念としてひらかれた展覧会で公開され、多くの識者の目に触れました。その後、速やかに重要美術品に指定されたものの、以降は表舞台から姿を消し、世界中がその在り処を探しながらも、約80年もの間、行方知れずとなっていたのです。
 900年以上の時を超えてもなお、「五馬図巻」は奇跡的な保存状態で輝きを放っています。澄心堂紙(ちょうしんどうし)というこれ自体が研究の対象となる北宋時代の紙に描かれ、美しい彩色と流麗な墨の線で、見る人を驚かせます。現在は東京国立博物館に収蔵され、次に公けにされる時まで眠りについています。
 幻の「神品」の出現は、中国・アジア絵画史にとって大きな発見であり、これまでの研究を塗りかえるだけでなく、今後の美術史にも多大な影響を及ぼしていくこととなるはずです。
 画集製作には、最高の布陣が集結しました。編者の板倉教授をはじめ、古美術撮影では日本随一の写真家・城野誠治氏による撮り下ろしに、世界的デザイナー・原研哉氏による装幀。ハイクオリティな用紙をつかい、墨の濃い線と淡い彩色を忠実に再現した印刷に、大判横本(A3判上製、スリーブケース入り)という高い技術の要求される造本です。
「五馬図巻」の履歴を世界で初めて詳らかにする解説は、中国語の全文訳と英文サマリー付き。画集ならではの、細部まで見渡せる拡大図の迫力も魅力です。
www.hatorishoten.co.jp (羽鳥書店、矢吹有鼓)