日常のミステリー5編

米澤 穂信・著
集英社・刊

 ミステリーという広大なジャンルのなかでも、日常のミステリーというのは異質である。多くの者が気にもしないであろう日々の違和感を真剣に考え、その原因を突き詰める行為は一見滑稽であるが、実際その源に到達すると想像もしなかった真実が潜んでいるかもしれない。
 そういう意味では日常のミステリーを書く作者は、典型的な殺人ミステリーを書く作者より真剣に己の日々を見つめているとも言える、かもしれない。
 いまでは「日常の謎」というジャンルは立派な一ジャンルとして形成されるが、その先駆者は『空飛ぶ馬』の著者北島薫氏からであり、その後、数多のミステリー作家が「日常の謎」を手掛けたが、今回紹介する本『本と鍵の季節』の著者、米澤穂信もまたその一人である。
 デビュー作である『氷菓』がシリーズ累計230万部を突破するものの、ライトノベル作家として見られていた米澤氏であるが、後に書いた『満願』と『王様とサーカス』が2年連続でミステリー三冠に輝き、デビュー当時のライトノベル風味が文章から消え、一般文芸作家として今は知られている。その米澤氏が書いた新作、『本と鍵の季節』は『氷菓』シリーズに負けず劣らない日常の謎を軸にした本である。
 本書の主人公、堀川次郎は頼まれごとを断れない質の高校生であり、持ち込まれる奇妙な事件を解決する本作のホームズ役である。その奇妙な事件に連れ添い、一緒に推理するのが堀川の友達、皮肉屋松倉詩門である。ふたりは同じ高校の図書委員であり、ちょっとシニカルで斜に構えた松倉と頭の回転が速くもお人好の堀川の軽妙酒脱な会話は本作の読みどころのひとつでもある。
 今作の面白い点は、他のミステリー作品と違い、ホームズ役とワトソン役に主人公たちが分かれていなく、ふたりとも逸脱した推理力を持っているところである。読者の理解より先にふたりの頭の中で会話が成立しているその様はまるで将棋の名人同士が観戦者を置いてけぼりにし、盤上で感想戦を繰り広げているようである。
 だが、日常の謎というジャンルでは主人公たちが謎を解いて終わりというわけにはいかない。法を破る犯罪を扱っていないため、その分、たとえ主人公たちが無事謎を解いたところで、どうすることもできない真実に直面することもある。
 これが殺人事件とかの場合なら、犯人を見つけて捕まえるという明確なゴールがあるが、日常の謎ではそういったゴールがない。解いて明かした真実を宙ぶらりんに眺め、どう向き合うかで主人公達の心情が表れ、その物語のテーマが見えてくる。
 本作は5編の短編で綴られた日常の謎の名手が手掛ける、ほろ苦い青春ミステリーである。
 謎を解く楽しみと別に、ドラマも読みたい者にはお勧めである。(多賀圭之助)